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山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

維新分裂と安保法制をつなぐもの

 日本政治が動いています。安保法制をめぐる議論がいよいよ佳境に入り、参議院での採決の日取りも取りざたされ、野党提出の対案の審議や60日ルールの適用をめぐる鞘当てが活発化しています。国会内で少数の立場にある野党勢力は、国民世論を喚起すべく、街頭で、マスコミで、批判を強めています。先般行われた反対デモは、これまでで一番の盛り上がりを見せたそうです。そんな中、野党第二党の維新の分裂の動きが表面化しました。維新の非大阪系の面々は民主との連携を強めたいようです。そこで、本日は、安保法制と野党再編について考えたいと思います。両者を読み解く鍵が、日本政治において20年来言われ続けている「普通の国」という概念です。

自民党への最も本質的な対抗勢力

 維新の分裂の方から見ていきましょう。まず、維新内部の対立自体は新しい現象ではありません。国政政党としての維新は、結党の折から維新運動の源流である大阪系、旧みんなの党系、旧民主党系と、それぞれ出自も違えば政治的な哲学も異なる集団の寄せ集めでありました。

 大阪系の原点は、橋下市長の大阪での改革にあります。その原点は、旧態依然とした大阪の公務員達に対する住民の批判の受け皿となったことです。その後も、労組勢力は、維新が目指す地方改革にことごとく反対してきました。大阪維新の会と労組系の勢力とは、まさに水と油です。維新の改革は、橋下徹という政治家の持っている性質と分離不可能なものですが、既得権層への反発、市場/競争重視の発想、トップダウンの果断な意思決定に特徴があると言っていいでしょう。

 旧みんなの党系の原点は、創設者の渡辺喜美の政治哲学にありました。それは、市場/競争重視の経済政策であり、公務員改革をはじめとする小さな政府の発想です。人間関係、政治的な利害関係や駆け引きを抜きにすれば、当初から維新の大阪系と通じ合うところがあったわけです。

 維新に集っている旧民主系の議員には、まあ、いろいろいます。社会問題については右、経済問題については左という組み合わせの方が多いようです。彼らのほとんどは、選挙区に自民党の対抗馬を抱えています。そこでは、リベラル系の固定票だけでは勝てない現実がある一方で、リベラルの固定票に依存しない戦略も成り立ちにくい。結果として、リベラル寄りの固定票に依存しつつ、保守的な主張も展開するという微妙な立ち位置を続けることになってきたわけです。

 寄せ集めの集団ではありながら、私は、維新はその本質において自民党への最も本質的な対抗勢力となりうると思っています。現在の維新自民党と対抗しているのか、補完しているのかについては諸説あろうかと思いますが、それとは別に、その潜在的可能性においてということです。それは、日本政治の構造的な理解から来ています。

 日本政治の大きな方向を決めるのは、衆議院の多数派です。衆議院で多数を握るためには、政党間で差がつきやすい小選挙区が勝負どころです。そして、過去数回の衆議院選挙における投票行動からはっきりしているのは、小選挙区の帰趨を決する有権者の約7割は保守だということです。日本政治の行末は、衆議院選挙小選挙区における7割のハードコアからマイルドまでの保守的志向を有する有権者の支持を得た者に委ねられるのです。

 したがって、私は、仮に日本に二大政党制が根付くことがあれば、それは保守系二大政党制以外にはリアリティーがないということを申し上げてきました。政権交代を目指す勢力は、自民党の支持層を取りに行き、引きはがさなければいけないのです。

 そして、維新は、大阪ではそれを実現させました。大阪府市双方の議会で第一党となり、双方の首長の座を獲得したわけですから。大阪では、政権交代が実現して8年が経過しています。看板政策の都構想はまだですが、これまでにも多くの改革案件を実現させてきました。国政レベルで民主党による政権交代と挫折がおき、日本政治が旧来の自民党一党優位体制に戻ったように見える中、大阪の地では、より持続的な変化が起きているのです。

 政権交代の原動力となりうるのは、根本において保守であるという安心感です。その上に、既得権層に対する容赦ない姿勢があります。この場合の既得権層には、保守的なものとリベラル的なものの双方を含みます。

 加えて言うと、維新と自民には社会文化的に大きな差異が存在します。それは、トップダウン的とも、合理主義とも言えるものかもしれませんが、おそらくは、反「村社会的」というのが一番しっくり来るのではないでしょうか。橋下代表の強烈な個性への反感は、日本のあらゆるところに存在する小さな村社会からの反発なのです。

 小選挙区制とは、有権者が受け入れ可能な、明確な旗印を掲げることができたなら、「山を動かす」ことができる制度です。維新の分裂は、旗印が不明確になったことに危機感を有する大阪組の原点回帰ともみることができるでしょう。

普通の国」概念の登場と政治改革

 維新の分裂と安保法制を読み解く鍵は「普通の国」概念の中にあると指摘しました。「普通の国」とは、小沢一郎氏が自身の著書『日本改造計画』の中で提唱した概念です。小沢氏が過去20年の日本政治の主役の一人であったように、この「普通の国」概念も日本政治を読み解くキーワードであり続けてきました。小沢氏と同様に、多義的で、毀誉褒貶の激しい概念です。

 「普通の国」ということが最も注目されたのは、安全保障の分野においてです。憲法9条を戴く日本は、戦後70年にわたって非常に抑制的な安全保障政策を追求してきました。それは、抑制的であると同時に、しばしば孤立主義的であり、自己中心的な発想に基づくものでした。そのような発想を批判し、日本にも国際社会に貢献する姿勢が必要であるということを強調したのが、安全保障の世界における「普通の国」路線でした。

 その時々の政治状況の中では大きな論争を呼び起こしながら、その嚆矢として、92年にはPKO法案が成立します。その後、国際社会への貢献に加えて同盟国への貢献が模索され、99年の周辺事態法、01年のテロ特措法、03年のイラク特措法と成立していきます。現在の安保法制は、それらの延長線上に位置づけられるものです。

 しかし、「普通の国」概念は安全保障分野にだけ向けられるべき概念ではありませんでした。それは、個人主義に則った政治哲学であり、官僚による介入主義への批判であり、何よりも官僚支配と結びつくことで利益の差配だけに堕した旧来の自民党政治への批判でした。

 自民党を飛び出した小沢氏が主導した政治改革が、小選挙区制の導入という形で結実したことは偶然ではありません。自民党の利権政治の根源には、中選挙区制がありました。同一選挙区から複数自民党議員が選出される結果として、政策による選択ではなく、派閥と利権による選択が中心とならざるを得なかったからです。政治改革の結果として小選挙区制が導入されたとき、識者の中には所詮は選挙区改革に過ぎないとして批判した者もありましたが、この改革は20年かけて日本政治を根本的に変えたのです。

 最大の変化は、改革の眼目どおり自民党内においてでしょう。自民党の「普通の政党化」です。自民党内の疑似政権交代というよくわからない現象はなくなり、本格的な下野を経験した自民党は、普通の保守政党として戦う集団となりました。中選挙区時代に一種のノスタルジーを感じている識者の中には、あのころの自民党は良かったというようなことを仰る方もいらっしゃいます。かつての自民党には、保守からリベラルまでいろいろいて面白かったのに、今では一色に塗り固められてしまった、と。

 その時代を生きていない者として、面白かったかどうかにはコメントできませんが、自民党内における政策的な幅ということでいけば、多くはレトリックの差に過ぎなかったのではないか思っています。反米自主路線論者と思われた岸政権は、安保改定を通じて日米同盟を強化する路線を採用しました。リベラル寄りの田中政権を継いだ、保守寄りの福田政権は親中路線を引き継いで日中平和友好条約を締結しました。それは、官僚支配という重しが効いていたということもあるけれど、自民党の中枢を担う人材は、嗜好はともかくとして一定の合理的な政策を追求したということでしょう。

 政策の幅と、政策による争いは、実はそれほどでもなかった。核心は、やはり派閥政治であり、利権にあったのです。そして、利権の実現手段としての派閥政治を打破するために、政治改革が必要だったのです。これが、国内における政治文化としての「普通の国」化路線でした。政治改革から20年以上の月日が流れ、政治改革における「普通の国」化は実現されました。

 政治が利権で動く部分は永遠になくならないでしょうが、それが主要な要因ではなくなりつつある。与野党は、政策とイデオロギーを巡って、正面からぶつかるようになってきました。その最たる例が安保法制です。与野党双方にとって、妥協の余地はほとんどないところまで来ています。国内における政治構造が変化し、自民党が普通の保守政党化し、それが安全保障政策における「普通の国」化路線へと流れ込んでいるわけです。

普通の国への適応度合い

 現在の日本政治における与野党の立ち位置は、この「普通の国」化現象への適応力の差に起因するのではないでしょうか。

 最も王道の対応をしているのは自民党であり、それが過去数回の国政選挙の勝敗に表れています。自民党は、小選挙区での勝利を確実とするため、7割を占める保守勢力を割らないように気を使っています。その路線の解が、経済問題を前面に出すことです。経済成長と強い日本経済というテーマについて保守陣営はほぼ一枚岩です。

 安保法制で右に振れすぎたと思えば、70年談話で中道に戻してマイルドな保守層を取り込む。イデオロギーとは違う論理に基づく強固な基盤を持つ公明党と連立し、強い野党の出現を防止するための手も打つ。政権運営の老獪さは近年の政権にはなかったものです。

 民主党は苦しんでいます。政権交代前は、自民党への対抗勢力だったことでリベラルな層に加え、マイルドな構造改革層の期待値に訴えることが可能でした。政権交代の中で、統治能力にケチがついたことで中間層が離れ、社会党時代と同じように労組をはじめとする勢力を固めることに関心がうつってしまいました。日本政治の新しい現実を踏まえれば、この路線では衆議院で100議席前後が限界です。信念に忠実なのは良いことですが、脇役にしかなれない。

 維新には、前述したように挑戦者としてのブランドがあります。自民党の票田である7割の保守の有権者を取りに行く以上、多くの政策は自民党と被ってきます。経済成長重視、現実主義的な安全保障政策、中福祉中負担の維持は論点にはならないでしょう。重要な点は、保守を割る論点を設定できるかです。そんな論点が、小さな政府を志向する改革と、地方分権、そして、反村社会の政治文化なのではないでしょうか。維新の原点回帰は、短期的には安保法制への対応をめぐって自民党を利するとは思われますが、より中長期的な影響にこそ注目すべきではないでしょうか。

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