山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

参議院選挙を前に―なぜ自民一強なのか

本日は参議院選挙を前に少し分析をしたいと思います。読売新聞の7月15日付朝刊では「与党改選過半数の勢い」と見出しを打ち、自公で67議席から76議席を取る可能性があるとしました。日経新聞は「改憲勢力3分の2に迫る」とする一方、時事通信社は「改憲勢力、3分の2割れか」と報じており、争点はすでに安倍総理が設定した改選議席の与党過半数(63議席)ではなく、改憲に必要な3分の2を維持できるかどうかに移っています。同じく読売新聞の情勢調査では、野党第一党立憲民主党は16議席から24議席と、改選9議席を大幅に上回るものの、国民民主の予想議席と足し合わせても20~30議席にとどまり、2016年の前回参院選で旧民進党が得た32議席には届かない見通しとのこと。しかし、無所属候補がいるので当選後に立民入りする当選者もいるものと思われ、そうすれば前回と同様、あるいは上回る可能性もあるとのことです。いずれにしても、立憲民主党民進党を上回る勢力に育っておらず、旧来の票を国民民主党と食い合う争いで勝っているにすぎないという状況が見えてきます。

野党はさまざまな経済政策や社会政策をめぐる論点も提起しています。立憲民主で目立つのは、LGBTの権利保護などの多様性と、女性候補が多いこと。それに加えて最低賃金の上げ幅を自民党の方針よりも大きく取って提示しています(5年以内に最低賃金を1300円とする)。法人税や金融所得課税の税率を上げるという主張も、政府与党はそのような考え方を取っていないのに対し、立憲民主や共産党が提示してきた政策選択肢です。金融庁主導で作成された報告書において、年金生活に入ったときに2000万円の貯蓄が「なければならない」という印象が広がった件では(実際には年金に追加して消費に回される貯蓄額の平均を指す)、生活不安や、低所得が問題視されました。具体的な目標値などは掲げられていないものの、いずれも高額所得者や大企業に課税を強化して中低所得者向けの社会保障を増進させ、自己負担額を減らす方針のようです。

立憲民主党の経済政策に賛成する人はそれなりの数に上るでしょう。法人税を上げればグローバル化に逆行することになり、また人への所得分配による成長効果は長期的に緩やかにしか出ないので成長戦略が弱いという難点はあるものの、経済成長よりも今は分配こそ強化すべきという有権者の数は多いと思われるからです。とりわけ、立憲民主党の支持層が高齢者により多いことも、主張が分配強化に寄る原因となっているものと考えられます。

では、何が立憲民主党の躍進を阻んでいるのか。それは、憲法と安保に関する政策です。読売新聞の世論調査によれば、憲法9条に自衛隊の存在を明記する条文を追加する安倍首相の考えについて賛成・反対は政党支持によって大きく分かれ、自民支持層で賛成55%(反対22%)、維新支持層で48%(38%)、公明支持層で38%(34%)、立民支持層で13%(75%)、共産支持層で11%(79%)となっています。この意味合いは、日本の政党支持を大きく分けるものは依然として安保・憲法である、ということです。

つまり、憲法と安保は表の争点化はしないが、投票行動を決めるにあたっては根っこのところで重要な判断基準となっているのです。これを裏付ける要素には巷にも様々な調査結果が出ていますが、弊社(山猫総合研究所)実施の2000サンプルの大型インターネットパネル調査の結果を見てみましょう。2017年衆院選の直後、2017年12月に実施した意識調査(全国の20代から60代の各年代、三大都市圏&それ以外、大卒以上&それ以外で割付をし、各セルごとに100サンプルを確保。2010年国勢調査の結果に合わせて回答結果を割り戻している)では、世帯収入別に自民と立民では比例代表の得票率に顕著な違いは見られませんでした。

世帯の収入が、100万円以下、101~300万円、301~500万円、501~700万円、701~1000万円、1001~1500万円、1501万円以上、の各所得帯で、自民党は42.4% 35.6% 46.7% 46.0% 47.7% 47.0% 58.8%、を獲得しており、平均して45.5%の得票率を得ています(公式の比例代表の得票率は33%)。立憲民主党は各所得帯で、20.3% 20.6% 18.0% 20.7% 20.6% 26.9% 25.5%を得票しており、平均すると20.7%の得票を得ています (同じく公式の数字では20%)。インターネットパネル調査では公明党や少数政党への支持が過小代表されがちであり、また70代が除かれていることから自民党の平均得票率の数字は実際よりも大きいのですが、問題はその規模よりも中身です。立憲民主党は決して所得階層が低いところから多くの票を得ているわけではないのです。立憲民主党に高齢者の支持が多いことを考えると、意味合いはとりわけ顕著です。年金生活者のなかでも、国民年金の平均支給額は月5万5000円です(満額ではなく平均)。夫婦2人で国民年金を受給していた場合、年間133万4760円となります。厚生年金の平均支給額は年額176万4000円。妻が専業主婦で国民年金を受給している場合、年額266万7396円です。国民年金を受給する年金生活カップルも、平均的サラリーマンと専業主婦の年金生活カップルも、2番目の所得帯に組み入れられることが分かります。この2番目の所得帯では希望の党公明党がやや多いのが特徴的です。改革志向の強い保守系政党である維新は3番目の所得帯、おそらくは現役中堅層で健闘しているのも、維新の岩盤支持層(安保・経済でリアリズム志向の強い子育て世代以上の男性有権者)の特徴と合致します。

つまり、日本の政党支持を分ける亀裂、社会の分断は安保・憲法にあるということです。ただ追加的には、世代間対立が潜在的な亀裂ともいえるでしょうが。自民党のコア支持層は自営業者や農業従事者であると言われてきましたが、コア支持層ではなく投票結果に着目すれば幅広い層が投票しており、もはやコア支持層の特徴だけを見ていても意味がありません。自民党の一党優位を実現しているのが何であるかを理解するためには、投票者全員の傾向の分析が必要です。自民党に結果として票を入れた人が他の政党に投票するようになるためには、安保・憲法で従来の立場に縛られずリアリズム路線を取る政党が、それとは別の論点をより重要な課題として設定し、自民党と差別化を図って運動を巻き起こす必要があるということです。立憲民主が高齢者に支持され、少なくとも安倍政権下で憲法を変えない立場を明確にしている以上、また多様性の論点で社会政策において差別化を図っている以上、他の勢力が躍進するためにはまったく別の課題設定をする必要があります。

そこで興味深いのが、れいわ新選組の動向です。山本太郎氏率いるこの新勢力は、不思議なほど安保・憲法について語りません。主張の根幹は経済政策における分配重視のポピュリズムです。立憲民主党がそのエリート的体質により打ち出すことのできない過激な主張を繰り出しているあたりは、米国民主党におけるサンダース氏やオカシオ・コルテス氏を彷彿とさせます。同じ政党の中の分派ではありませんが、山本太郎氏が立憲民主党の支持層を一部食っていることは確かでしょう。ツイッターでも、比較的極端なツイートをしている人が立憲民主党かられいわ新選組へと支持を移したのが一部見て取れます。では、れいわ新選組は大きく得票できるのでしょうか。もちろん候補者に恵まれていないというのもありますが、一部で言われているほどに支持を集めているわけではありません。3議席獲得が無理とも思いませんが、今後れいわ新選組が伸びて第三極の座を占めるに至るとも思いません。それはなぜでしょうか。

米国で進歩派が強いのは、移民問題やマイノリティ問題が先鋭に存在するからです。各国を見ても、これほど多様な国は見受けられません。本来、人口動態から見れば共和党にはほぼ勝ち目がないほどです。それなのに、民主党が分裂し急進派と主流派が相争うことで敵失によりトランプ氏が勝ったというのが現実なのです。英国には階級問題が存在します。欧州各国で社民勢力が強いのも、自民党のような経済政策中道政党がバラマキを行うという構図が成立していないからです。言葉を換えれば、自民党のような社会的保守、安保現実派の政党が積極的にバラマキを行うほどに、この国における経済階層の分断は少ない、という言い方もできます。米国では人種の壁を越えて分配に賛成するためには、相当なリベラル的価値観を有する人でなければ難しいのです。昨今、MeTooを皮切りに盛り上がった女性問題や、人種問題や中絶などの社会問題をめぐる争点は、日本においては政党支持を分けるほどには至っていません。

そうした中で、れいわ新選組はサンダース的立場を打ち出すことによって、エリート色の強い左派政党である立憲民主党を圧迫しようと試みています。その必然的な結果として、立憲民主党は従来よりも経済政策でさらに左に寄りたいという誘惑を覚えるでしょう。2017年の衆院選の比例投票結果を見れば、立憲民主の支持基盤は必ずしも貧しい層とは言えないのに。山本太郎氏が食う票は経済ポピュリズムルサンチマンの層であって、決して自民支持層ではない。そして、立憲民主党が従来よりもさらに左傾化してくれれば、政権にとってこれほどおいしいことはありません。その意味では、れいわ新選組は維新よりも格段に与党を資する勢力であると言えるでしょう。

日本で左派ポピュリズムが広がる土壌がまったくないわけではありません。しかし、自民党はあらゆる野党の打ち出した政策課題を取りに行く節操のなさを持ち合わせていますし、現実にはほとんど意味合いのあることを言っていません。自民党が地方でほどほどに大きい政府を代表し、野党の政策課題を薄めて取り入れてしまう以上は、左派ポピュリズムが生じる余地はそもそも限られているのです。

そのことを示唆する興味深いデータがあります。弊社実施の同じ2017年末の意識調査では、2017年の衆院選投票率が所得帯や教育によってかなり異なることが示されています。60代の投票率は他の条件に関わらずそもそも高いのですが、20代から50代にかけては、同じ世代でも、大卒かそうでないかで投票率に10ポイント程度の開きが常にあります(大卒の方がより投票に行く傾向)。また、収入差では、一番上の所得階層と一番下の所得階層で投票率に20ポイント程度の開きがあるのです。年金生活者の高齢層が粛々と投票に出かけていることを考慮に入れると、若年層ではさらに収入差による投票率格差は開いています。

そうした現実を踏まえれば、日本にはそもそも政治に関心のある低所得層が少ないということ、そのためにメインストリームの野党にすら、最低賃金で働くシングルマザーや、病気にかかって働けない人や、独り身の財産のない高齢者などの声が届きにくい構造にあることがわかります。れいわ新選組は左派的な知識階層や変化を好む層の一部には浸透するでしょうが、所得帯別の投票率や現状維持志向の強い高齢者の政治動向を勘案するに、広がりを見せる要素がないのです。れいわ新選組山本太郎氏個人のブランドを高める効果はあっても、第三極になり得ないのはそうした理由です。安保・憲法を争点化しないからと言って、容易に所得階層によるアクティブな政治的分断を生み出せるとは限らない、ということです。彼の周りに集う運動員の雰囲気もやはり、支持を比較的狭く限定する効果を持っていることでしょう。

まとめましょう。自民党が支配的勢力たるゆえんは、第一に安保・憲法の分断線が与野党の重要な境界となっているからです。第二に、経済格差が票に結び付きにくいような構造、すなわち幅広い層にわたる支持を自民党が勝ち得ているということ。第三に、最大野党が左傾化するように政権が試みていることの効果です。1と2を前提としたうえで3を試みるというのは、政権にとっての黄金の成功パターンです。そうすれば、所得階層の分断による逆襲を懸念しなくてよいからです。今回の自民党の選挙戦においてなぜ野党バッシングが目立つのか。その解はここにあります。

正直、安倍政権には政権の後半において目覚しい改革実績を期待する気持ちはありませんが、野党の提示した政策課題を徐々に取り込んで漸進的変化をもたらすという程度の効用はあるでしょう。それこそ、一日やそこいらで日本が変わるわけはないという経験値に裏打ちされている自民党の感覚なのです。しかし、それが永遠に続くとも考えない方がよい。

私たちが見据えるべきは、参院選後というよりもむしろ安倍後なのかもしれません。

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*公式メールマガジン三浦瑠麗の「自分で考えるための政治の話」7/17付記事より編集し転載しました。