山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

習近平国家主席の訪米と米中関係の行方

中国の習近平氏が国家主席として初めて公式に訪米しています。オバマ政権の過去6年強のあいだ、米中関係はおおむね安定しており、特に、首脳会談ということでいくと蜜月の演出が目立っていました。今回の訪問では、多少、温度感が異なるようです。世界の趨勢に大きな影響を与え、特に、東アジアや日本へ意味合いの大きい米中関係について考えてみたいと思います。

中国が欲しているもの

今回の習近平国家主席の米国訪問の構図を一言で言い表すならば、メンツをとった中国に対して、実利をとった米国ということになろうかと思います。中長期的な利益を得た中国に対して、目先の利益で満足させられた米国と申し上げた方が、ニュアンスが伝わるかもしれません。中国外交の実にしたたかな面を改めて見たように思います。

今般の習近平国家主席の米国訪問の最大の狙いであり、近年の中国外交にとっての重要な戦略目標は、中国が言うところの「新しい大国関係」を米国に認めさせることです。これは、ありていに言えば、世界の国々の中で米中だけが、一段高い地位を占める大国であるということです。特別な大国同士として、米中は平等と互恵を旨として関係を築き上げるべきであり、具体的には、西太平洋における中国の勢力圏を認めよということです。

台湾、朝鮮半島南シナ海東シナ海などの個別地域の問題も、AIIB(=アジア・インフラ投資銀行)やシルクロード構想に象徴される世界経済における中国の存在感の問題も、米国と対等の大国となることを通じてセットで解決されるという発想です。このセットという感覚がミソです。

元来からメンツの国である中国は、首脳会談においては特にその傾向が強くなります。国内の言論はコントロールされていますので、基本的に、相手側首脳との握手や乾杯の姿を放映できれば良いということになりがちです。中国は、今回の訪米で、米国から国賓待遇やホワイトハウスでの晩餐会という待遇を得ていますので、すでに、目的の過半は達成しています。従来からのメンツ主義に加えて、新しい大国関係という枠組みを作ることで、個別の懸案は、後からでも中国に有利に解決できると感じているのです。

もちろん、米国もこの点はわかっていますので、中国のレトリックにそのまま乗っかることはしていません。ただ、米国は自国が本当の危機に直面するまではギブ・アンド・テイクで取引を進める国でもあります。今回も、米国から見れば実務的な課題が山積みですから、晩餐会を開くくらいで、人民元の問題に対して中国政府が妥協するのであれば安いものだ、となるわけです。ましてや、オバマ政権は二期目も後半に入ってレイムダック化しています。上下両院を野党共和党に握られて内政上大きな動きは取れません。大統領に大きな権限が与えられている外交分野で功を焦り、レガシー・ビルディング(=政権の遺産作り)にいそしんでいます。そのためには、中国に対しても一層宥和的となるということです。

具体的な懸案事項

では、米国から見た懸案にはどのようなものがあるかと言えば、そのリストは長大なものとなります。中国が、いかに国際社会において大きな存在となっているかを物語るものです。これらの課題の多くは、同時に世界にとっての課題であり、日本にとっての課題でもあるのです。飛行機を300機購入するというのは、中国の購買力を象徴しているという意味では面白いニュースですが、より本質的な論点を3つほど取り上げたいと思います。

第一の、最も注目を集めているのは中国からのサイバー攻撃についてです。サイバー空間は21世紀の国家覇権を争う最新の戦場となっています。その戦場において、中国から攻撃があったということですから、かなり深刻な告発です。その実態については、わからないことが多いのですが、明らかにできないことも多いようです。サイバー攻撃の一番の狙いは情報の盗取ですから、どの程度の攻撃があったのか、どのくらいの被害があったか、などは国家機密として秘匿されます。

一部の報道や専門家筋から提起されているのはサイバー攻撃の傾向に変化が見られるということです。サイバー攻撃そのものは新しい現象ではありません。軍事機密や経済機密の管理は国益に直結しますから、これまでの攻撃は重要情報の管理者に集中してきました。それは軍事施設であり、政府機関であり、先端企業などです。ところが、最近話題となっているのは、一般公務員や一般人の情報が攻撃対象となっていることです。

ここで重要となるのは、対象としている情報の秘匿性というよりは、大量の情報を利用する目的の方です。いわゆるビックデータの情報処理技術を通じて、一つ一つは重要性の低い雑多な情報の中から重要な意味を紡ぎだすことができるようになりました。例えば、あるパターンの通話記録や決済記録を通じてスパイとして養成できる候補者を見つけ出すことが可能となるという風に。

米国内の政治的な盛り上がりという意味でも、この変化は重要です。これまでは、とかく専門的になりがちであったサイバーセキュリティーの問題が急速に身近になったのです。外国政府が自分達の情報を違法に収集し、利用しているかもしれないということで、米国民の間でこの問題の「自分事化」が進行します。国民の関心をかぎ取ったメディアも政治家もこの問題をより大きく取り上げるようになり、再び関心が高まるというサイクルが回り始めたのです。

第二の懸案は、中国の経済構造改革についてです。この問題は、多様な論点を含んでいますが、一言で言えば、中国の経済運営を国際的な基準に基づいて行うことを迫るものです。最大の目的は、中国の国内市場での外国企業、米国企業への不利な取り扱いをやめさせることです。

習近平国家主席が西海岸でハイテク企業を訪問したので、ハイテク業界が注目されています。世界中の市場で大きな存在感をもつGoogleAmazonFacebookなどは中国では周辺的な存在に留まっていますので、そこには一つの象徴性があるでしょう。それ以外にも、金融、ヘルスケア、航空/宇宙、エンターテインメントなどの米国が圧倒的な強みを有する分野における市場開放です。

人民元の切り下げ問題も広くはこの文脈で理解されています。株価が乱高下し、減速が懸念されている中国経済のテコ入れのために、自国通貨を切り下げて輸出を伸ばそうとするのは認められないと。通貨の切り下げ問題は、米国産業の空洞化とセットで理解されているところがあり、2016年の大統領選挙においても政治性を帯びた論点として登場しています。引き続き注目されることでしょう。

第三の点が、南シナ海朝鮮半島における安全保障の問題です。日本では、この点が注目されていますが、米中関係全体からするとそれほど大きな地位を占めているとは言えないでしょう。ここで最も懸念されているのは、例えば南シナ海において米中の間で偶発的な衝突が生じてしまうことです。米中の直接衝突が懸念されるのはもちろんですが、逆に言うと、中国の長期的な勢力伸長が問題の核心とは認識されていないということでもあります。

中国が、国際法上の正当性とは違う次元で南シナ海全体に対する主権を主張していることは、つい最近まで、東アジア専門家以外にはあまり知られていませんでした。今日でも、政権中枢にとっての主要テーマとまでは言えないでしょうが、現場での対応は多少厳しくなっています。中国との融和路線を貫いていた政権中枢がようやく現場の懸念に応えたというのが実態のようです。

米中関係の構造と日本への意味合い

今回の習近平国家主席の訪米や、短期的な論点を超えて米中関係とはどのような構造にあるのでしょうか。このような視点は日本にとって特に重要です。短期的なニュースに振り回されることなく、中長期の視点を見失わないことは日本が生きていく世界を知ることにつながるからです。

国際政治の専門家の間では、この問題が我々の世代にとっての最も重要な問いであるとされています。ほとんど始終この問題について考えていると言ってもいい。

具体的には、米国の覇権は終焉を迎えるのか、中国が覇権を握ることはあるのか、米中の覇権交代が起きるとしてそれは平和裏に行われるのか、などの問いです。そこには、様々な論点が含まれています。米中の能力の問題、米中の意思の問題、そして周辺国との関係性についてなどです。その中でも、私が重視すべきと思うのは中国の能力の問題と、米国の意思の問題です。

中国の軍事能力について、軍事的に、米国と肩を並べるまでには数十年かかると言われています。私も、それはおそらくそうだろうと思います。ただ、米国と肩を並べることと、米国を含む周辺にとって十分な脅威になることとは同義ではありません。米国と肩を並べずとも、米国に十分な犠牲を想起させることで米国の意思を砕くことはできます。例えば、米国と同レベルの航空戦力やミサイル戦力を有せずとも、南シナ海東シナ海において脅威となることは可能です。また、特定の戦力を研ぎ澄ますことで、米国の戦略を突き崩すことも可能です。サイバー戦や宇宙戦の重視にはそういう戦略的意味があります。

中国の経済的な能力についても、発想は似ているかもしれません。経済の規模として中国が米国を凌駕するのは、もはや、時間の問題です。世界最大の経済大国が中国となった世界にどのようなダイナミズムが働くのか、それはそれで想像力を刺激するものです。

他方で、世界経済の質の面で米国を凌駕することは当分の間想定し得ないでしょう。産業の趨勢をきめるイノベーションについても、人々の考え方や文化の在り方を方向付けるソフトパワーについても、米国と米国企業の存在感は圧倒的です。中国発のITサービスを利用することで人々の生活が変わったり、中国発の薬品によって難病を治療したり、中国発のエンターテイメントによって世界の人々の思考パターンが変化することがあり得るのか。このような経済の質的の側面において、米国の地位が揺らぐ状況は当分の間想定し得ないでしょう。

この中国の能力の側面と対をなすのが、米国の意思の問題です。単純化して言うと、米国民は中国をそれほどの脅威として認識していないということです。この点は、日本国民の認識と大きく異なります。米国民の多くには、中国は大きくはなるかもしれないけれど、米国中心の世界は揺らがないという信念があるようにさえ思えてきます。

加えて重要なことは、米国民には中国に対する憎しみの感情が希薄だということです。これは、冷戦時代のソ連共産主義に対する恐怖心や憎しみと比べると明確でしょう。そもそも、一般的な米国人にとっては、中国の存在自体がまだまだ小さいということです。

日本への意味合いということでいくと、中国の目指す「新しい大国関係」の影響を最も受けるのが日本です。米中で太平洋を分割することに対して最も本質的な危機感を有しているのが日本であり、その他には、オーストラリアやフィリピンなどの海洋アジアの国々でしょうか。韓国にしてもベトナムにしても、大陸に位置する国は中国の支配に反発はしても、それをうまく受け流しつつ生きてきた歴史を有しています。これらの国にとって、中国の覇権は耐えられないものではなく、想定内の歴史的現実だからです。

日本が生きていく21世紀という時代は、米中両大国の関係に影響を与えることはほとんどできないけれど、そこから多大な影響を受けるという世界です。それは、日本人にとっては、フラストレーションを感じる歯がゆい世界であるだろうと思います。日本の歴史の中で、米中両国程日本に影響を与えた国はないでしょう。振り返ってみたとき、日本という国は、影響は受けても取り込まれることはなかったことでユニークさを保持してきました。

我々世代が直面する目前の変化は中国の台頭です。中国の台頭に、脅威としての側面があることは否定できませんから、それを過小評価することはできません。もちろん、過大評価することで、それだけにとらわれることも間違いです。米中関係を適切に観察することは、これからを生きる日本人にとって最も重要な技能となっていくことでしょう。

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