山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

北朝鮮危機を正しく恐れること

目的はオバマ政権の否定

北朝鮮をめぐる情勢が緊迫の度を増しています。一部報道によれば、新たな核実験の可能性や、その他の挑発の可能性が取り沙汰されています。米国側からの先制攻撃が近いという観測もあり、あたかも戦争前夜であるかのような雰囲気です。

仮に、米側に先制攻撃の意図があるとしても、それは軍と政権の深奥部にしか明かされませんから、外から窺い知ることはできません。現状の情報でもって、事態を煽っている「専門家」たちは、たいした根拠を持ち合わせないでやっているのです。こういう時こそ、構造に目を向け、歴史に目を向ける以外に、我々に術はないのです。

結論から言えば、私は米国の側からの先制攻撃はないと思っています。安保は確率をめぐるゲームですから、可能性は極めて低いという表現が適切でしょう。

根拠は何か。まず指摘すべきは、米国が核保有国を先制攻撃したことは過去一度もないという歴史的事実です。冷戦中も、冷戦後も、米国はいくつもの先制攻撃を行ってきたけれど、核保有国に対するものは一度もありません。それは、どんなに貧弱な相手であっても、核保有を完成させた後の攻撃には、計算しがたいリスクが伴うからです。

トランプ政権は、米国が攻撃に踏み切るためのレッドラインを明確にしないという方針をとっていますが、バカげた話です。そんなものはとうの昔に過ぎているのです。核実験を行い、核武装が現実化した段階がレッドラインだったにも関わらず、オバマ政権期の米国は「戦略的忍耐」という意味不明の呪文を唱えて無為に時間を過ごしたのでした。

最近のトランプ政権の圧力強化は、したがって、オバマ政権期の積極的否定という文脈で理解すべきです。オバマ政権の否定という政治的動機がまず存在して、その上に軍主導で圧力強化の具体策が立案されているのです。それは、過去8年間に、安全保障重視派や軍がやりたかった政策でもあります。圧力の第一の目的は、中国から意味のある行動を引き出すことであり、第二の目的は北朝鮮から直接的な妥協を引き出す可能性を模索しているということでしょう。

米側からの先制攻撃がないと考えるもう一つの理由は、米国政治に存在する外交・安保政策をめぐる諸派を考えたとき、攻撃に至るシナリオを想定しにくいという点です。これらの諸派が重視する点と、現在の政権における影響力を見ていきましょう。

「軍派」主導の政策転換

トランプ政権は、シリアのアサド政権による化学兵器使用に対して懲罰的にミサイル攻撃を行いました。トランプ政権によるこの武力行使は、まずは単体で中東政策の重要な一手として理解すべきですが、二重の意味で北朝鮮政策ともシンクロしています。第一は、政権における外交・安全保障政策の主導権が軍出身の専門家やクシュナー氏などに移りつつあるという点。第二は、中国への圧力を最大化するために、米中首脳会談にぶつけられたという点です。これらの点については、識者によって繰り返し指摘されているところです。

むしろ、理解が進んでいないのは、米国の外交・安保政策を動かす諸派をめぐる考え方の基層の部分です。現在のトランプ政権について最も力を持っていると思われるのは、「軍派」とでも言うべき人々です。軍そのものや軍出身の高官などから構成され、米国や米軍への直接的脅威や危険を最も重視します。

彼らにとって、シリア攻撃の理由はあくまで化学兵器の使用に対する懲罰です。化学兵器使用へのハードルが下がることが、米国や米軍にとって大きな脅威だからです。彼らの最大の懸念は、大量破壊兵器の拡散です。化学兵器利用の非人道性については、もちろん懸念は表明するけれども、攻撃の理由としては二義的なものです。

北朝鮮政策で重視しているのは、米本土を射程に収める形での核兵器の実戦配備は絶対に許さないという点です。軍からすれば、在韓米軍や在日米軍への危険が高まる前に、北朝鮮への圧力を本格化したかった。けれど、2006年の中間選挙に惨敗したブッシュ政権後期からオバマ政権期までの10年間を、無為無策で過ごす間に、北朝鮮の核保有が完成してしまったわけです。そうなってしまった以上、米側からの先制攻撃は、日韓両国は当然として、米軍にとってもリスクが高い。よって、彼らの発想からすれば、圧力は強化するけれども、先制攻撃は行わないというのがメイン=シナリオになります。

もう一つ理解すべきは、米国で新政権が誕生した際に行われる試行錯誤のプロセスです。朝鮮半島をめぐる安全保障上の危機は、既に何十年も続いています。特に冷戦後に政権の座についた新大統領、あるいは新国防長官はたいてい北朝鮮に対する攻撃計画について報告を求め、そして、唖然とするというパターンを繰り返してきました。なぜなら、そこに冷戦期さながらの旧態依然とした作戦計画が記されているからです。

米兵が千人単位で戦死する可能性があるとか、ソウルが火の海になって世界経済が大混乱に陥るとか、中国の参戦を阻止するためのポイントは何かなど、現在の政権が到底容認できないようなシナリオが並んでいるわけです。「おいおい、そんな馬鹿なことがあるか」となり、「現代戦に適合した作戦計画を持ってこい」となるわけです。ところが、効果的な案が立案できないのです。

北朝鮮軍は確かに脆弱です。しかし、弱者なりの適応を進めて来てもいる。ソウルを火の海にするのは砲撃によってです。これは、かなりローテクなものであり、地下施設や山の横穴から撃たれてはほとんど防ぎようがありません。通常戦力での圧倒的劣勢を補うためのミサイル及び核戦力が強化されており、大陸間弾道弾や潜水艦発射型の攻撃力は道半ばとしても、日本全域を射程に収める中距離弾道弾は実戦配備済みです。

そもそも、北朝鮮軍の相当部分は特殊部隊であり、有事に際して中央からの指揮命令系統が遮断されたときにどのような動きをするのか予想がつかない。金正恩のいわゆる「斬首作戦」が成功して、平壌を占領したとしても、どのような経過をたどって停戦や休戦が成立するのか誰にわからないのです。組織的な戦闘が終結した後、何年にもわたってゲリラ戦が継続する可能性があるのです。

軍派の人々は、世界中の実践を文字通り戦いぬいてきたリアリスト達ですから、以上のようなシナリオを誰よりも理解しています。この瞬間に米国の安全保障政策を主導しているのはこのような発想を持つ人々であり、彼らが冒険主義的な強硬策をとる可能性は低いと想定すべきです。

外交・安保をめぐる諸派

もちろん、軍派というべき人々以外の流派も存在します。軍派の次に影響力があるのは、安保重視の「帝国派」とでも言うべき人々でしょう。彼らが最も重視するのは、国際社会における米国の総合的なプレゼンスです。それは、イラク戦争を主導し、アフガニスタン戦争を拡大した人々です。共和・民主双方の主流派に属するいわゆるエスタブリッシュメントであり、ヒラリーさんも、議会共和党の重鎮たちも、ペンス副大統領も、このグループに属します。

シリアや中東全体については、ロシア主導で中東の地図が塗り替わっていくことに懸念を覚えていました。イスラム国の跋扈についてもう少し踏み込んだ政策をとるべきと考えていましたから、ミサイル攻撃については評価する方向です。もちろん、トランプ政権と内政において対立している部分がありますから、実際に「評価する」と明言するかどうかは別ですが。

悩ましいのは、彼らエスタブリッシュメントの下で、北朝鮮政策は捨て置かれてきたという事実です。米国の国益の優先順位として、中東と欧州が優先されるという下地の上に、韓国と日本という米国の同盟国が米国の強硬策を嫌気するという現実がある。その中で編み出されたのが、中国に下駄を預けるという消極策でした。そんな政策が効果を上げるとは彼ら自身も思っていないのだけれど、既定路線となってしまった、茶番でした。

したがって、彼らが主導権を握ったとしても、北朝鮮政策で先制攻撃が行われる可能性は低いと思います。米国にとって朝鮮半島は、熱戦にならない限りは捨て置く地域なのです。

次に、近年だいぶん影響力を低下させてはいるものの、民主党の真ん中から左や福音派の一部に存在するのが、「リベラルなタカ派」です。彼らが最も重視するのは、自由・民主主義・人権などの価値観です。人権を侵害される対象が、白人であったり、キリスト教徒であったりすると影響力が増すという傾向もあります。戦後日本的は発想からは、リベラルなのにタカ派であるということがなかなか理解されないのですが、昔から存在する理想主義の一部です。

北朝鮮はおそらく地球上に存在する最悪の人権蹂躙・独裁国家ですから、彼らの発想に忠実であれば、金正恩体制を倒して北朝鮮国民を解放すべきということになるはずです。ところが、ここで地域・人種・宗教という現実が効いてきてしまう。北朝鮮の人々は確かにかわいそうなのだけれど、彼らは遠い存在なのです。リベラルと自称する人々が本当に普遍主義的な義憤を持っているのかについては人間性の本質に宿る難問です。往々にして人間は、自分と似ている人、自分の好きな人々に対してしか強い憤りは感じられないもの。北朝鮮をめぐる情報が限られているという現実もあり、米国内で人権を大義名分とした北朝鮮への介入論が高まっている状況にはないわけです。

最後に紹介したいのが、トランプ政権の登場によって注目されるようになった「オルタナ右翼」の人々。代表的な人物は、内政案件で何かと物議を醸し、外交安保政策からは外されつつあるバノン顧問。政権内の影響力は低下傾向ですが、トランプ政権の支持者の中では大きな存在感を持っており、2018年の議会選挙が近づくにつれて影響力を回復していくでしょう。

彼らの関心は、国内の経済と雇用です。外交・安保については、テロ対策、難民対策、不法移民対策など、内政の重要テーマと直接的に結びつく分野は重視するけれど、全般的には関心が低いわけです。イラク戦争についても、介入の大義、戦線の泥沼化、国としての優先順位のそれぞれの次元で懐疑的でした。

ましてや、アジアへの関心はさらに低い。多くは、北朝鮮の変な独裁者への対応は中国や韓国や日本が勝手にやってくれと思っています。米国にとって、中国がライバルである一方で、日韓は同盟国であるという知識も関心もあまりないわけです。彼らは、シリアへのミサイル攻撃にも懐疑的であるし、それ以上に北朝鮮への介入には懐疑的です。

解はない

以上見てきたように、米国に存在する外交・安保の諸派が重視する点や、政権内の影響力を総合すると、米側からの先制攻撃の可能性は低いことがわかるのではないでしょうか。しかし、私は現状が危険でないと言いたいわけではありません。ずっと危険だったと言いたいのです。

しかも、北朝鮮の側からの暴発の可能性はいつだってあり得ます。金正恩体制にどのような情報が集められ、どのようなプロセスで意思決定が行われるのか、本当のところは誰にも分らないからです。

北朝鮮はすでに核保有国です。約20発の核弾頭を保有するという情報もあり、米国による先制攻撃が仮に成功したとしても、地下軍事施設と潜水艦搭載を通じて(能力はまだ低いものの)第二撃能力を持っていると言われています。であるからこそ、ティラーソン国務長官も、マクマスター安全保障担当大統領補佐官も事態の鎮静化と、平和的手段を通じた解決を強調しています。米政権が軍事オプションを封印することはあり得ませんが、実戦の可能性はその点を踏まえて検討されるべきです。

では、日本には何ができるかという点ですが、これが大変難しいのです。実は、解はないと思っています。軍事オプションが現実的でないとしても、外交オプションにもそれほど期待はできないからです。人間は、解はないという重みに耐えきれなくなると、ついつい偽りの解を求めてしまいます。

米国も日本も、「中国だけが北朝鮮をコントロールできる」という、能力の面からも、意思の面からも相当に怪しい命題に希望を託してきました。それは、北朝鮮という東アジアにおける短期的危機を、中国の台頭という長期的な危機を高める形で解決しようとする筋悪のアプローチです。その政策が大失敗であったことは、過去20年間の間に半島情勢がなんら改善していない点からも明らかでしょう。

そもそも、北朝鮮政策をめぐる軍事オプションについて、日本は一人前の主体ですらありません。私は、現状の「対話と圧力」を、「国交回復交渉と軍拡」へとバージョンアップさせるべきと申し上げてきました。もっと言えば、日本も核抑止への当事者となるために非核三原則のうちの「持ち込ませず」を撤回して、米国との核共有を進めるべきと思っています。

次回は、そのような結論に至ったロジックについてご説明したいと思います。

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