山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

トランプ大統領が打ち出した「お互い様」のロジックー米露首脳会談批判の検討

米国のトランプ大統領とロシアのプーチン大統領が、フィンランドヘルシンキの大統領公邸で会談を行いました。日本のメディアでは、会談に遅刻した上に終始硬い表情だったプーチン大統領とのあいだで、トランプ大統領が関係改善に向け働きかけを行ったというトーンで報道がされています。

けれども、そんな日本の報道トーンとは異なり、米国政界とメディアは大騒ぎです。まず、そもそもトランプ大統領プーチン大統領に会うべきでないという意見が民主党の議員やリベラル寄りの論客、アンカーの間では多数を占めていました。エリザベス・ウォーレン議員もさっさと引き返せという意味のツイートをしています。しかも、今回ばかりは保守系のFOXニュースのコメンテーターや共和党政治家にさえ批判的意見が出てきました。

2016年大統領選の際におけるロシアによる選挙介入(メールのハッキングやSNSを使った意見誘導工作)に関し、会談前に連邦大陪審がロシア情報機関関係者の12人を起訴しました。トランプ大統領は会談後の記者会見でプーチン大統領を非難せず、その説明を受け入れた態でした(その後、言い間違えたという苦しい言い訳を行っています)。トランプ大統領は、自国の情報機関であるCIAが出した結論に対して、確信が持てないと表明さえしました。確かに驚くべき発言です。

リベラルは何を批判しているのか

米国のリベラル側の論調をまとめてみましょう。NYTの記事は、歴代大統領の中でも敵対する国の指導者の説明を丸呑みする大統領はいなかったと手厳しく批判しています。「トランプ氏は、プーチン大統領は2016年大統領選に介入しようとはしなかったと述べており、その言葉を信じない理由はないと述べたが、それだけでもありえないほどのことだ」と記事は指摘します。しかし、他の行動のどれをとっても、歴代大統領が決して踏み越えようとはしなかったラインを踏み越えているのだと。

確かに、トランプ氏の取っている言動は大統領としては異例ずくめです。特に外国の指導者やメディアの前に自国の内紛をさらけ出すというやり方が猛反発を食らっています。FBIの政治的思惑があるとほのめかして糾弾し、CIAの報告が信用できないとする。しかも、米露関係が悪化した理由を「お互い様」であるとする。

記事はこの点を強く非難します。正しい側と間違っている側を分け、間違っている側を糾弾するのではなく、お互い様のロジックに持ち込んだ。これはシャーロッツビルの暴動の時と同じだと。

シャーロッツビルの暴動は、トランプ政権の一年半のあいだでもっともトランプ氏が失点した件かもしれません。(*シャーロッツビルの悲劇 - 山猫日記)白人優位主義者とそれに反対するリベラルがぶつかった結果として、リベラルの運動家の女性が死亡しました。思想としては正しい側に死者が出ているのに、トランプ氏はお互い様のロジックを持ち込んで強い非難を受けたからです。

もちろん、大抵の場合、暴動やデモの混乱に対して喧嘩両成敗的な感情は保守の側に存在します。しかし、人種問題だけは、米国政治の中のもっとも踏み誤ってはいけない領域であり、穏健な保守が離れてしまうリスクが生じます。

国内政治ショー

では、当該記事が口を極めて非難した米露首脳会談での「お互い様」のロジックについてはどうでしょうか。この発言で、穏健な保守派は離れるでしょうか。

私は、お互い様のロジックは一般社会には浸透するだろうと思います。もちろん、そこまでロシアに気を遣うトランプ氏は、何らかの脅しの材料をロシア側に握られているのではないかという疑惑をいいたてれば、多少の影響はあるでしょう。それでも、トランプ陣営は民主党側を「戦争好き」「対立好き」とレッテル張りし、「リベラルとは名ばかりで血に飢えている」「スキャンダルをでっちあげている」と非難し返すだろうと思います。そして、その非難の応酬でリベラルが必ずしも得をする保証はないのです。

良識派の共和党員が沈黙がちなのもトランプ大統領にプラスに働いています。ジョン・マケイン上院議員(アリゾナ選出)は気骨をもってトランプ批判を繰り広げていますし、超党派で働いてきた官僚や元政治任用官僚のエリートたちは完全に反トランプですが、中間選挙前に共和党民主党にえさを与えるわけがありません。あまりにあまりな事態であることはその通りなので、一応の指導というか牽制という形で、グラム上院議員とライアン下院議長から、トランプ氏の発言が弱さと見られないように、あるいはロシアが同盟国ではないことを認識するように発言がありました。コーツ米国家情報長官は、「ロシアによる2016年米大統領選への介入や、米国の民主主義を妨害しようとする継続的な試みについて、我々の見解は明確です。我々は国家安全保障のために引き続き率直かつ客観的な情報を提供します」との声明を発表しています。しかし、これがトランプおろしにつながるだろうというのはエリートの願望でしょう。

この問題は、もはや事実が何かではなくて、反トランプ・反ロシアキャンペーンに乗るかどうかの問題なのです。政治家ならどちらを選ぶかは明白でしょう。実際、政権外にいたら猛反対したであろうジョン・ボルトン安全保障担当大統領補佐官は、ルーズヴェルト大統領がスターリンに会ったことを引き合いに出して、大統領を擁護しています。

トランプのロジック

トランプ大統領も今回の騒動を収めるため、ツイッターで「情報当局者を強く信頼しています」と発信していますが、同時に、「明るい未来を築くためには過去にばかりこだわってはなりません。世界の二大核保有国として米露は仲良くしなければなりません」としています。

トランプ大統領のおそらくガット・フィーリングに基づくのであろうロジックは、一貫しています。ロシア・ゲート疑惑で国内的に追い詰められるのを避けつつ(つまり選挙介入に関してはあいまいにしておきたい)、ロシアとの融和を図るというものです。トランプ大統領は内心ではロシア恐怖症を持っていないようですし、かつリベラル陣営が圧倒的に傾いているロシア恐怖症の側に与することはもはや陣営上できないのです。しかも、客観的に見て、ロシアが米国の主敵であるというのは、あたらない。民主的価値を損なう点においてはひけをとらない中国の方が、よっぽど挑戦的です。ロシアは現状、失地回復にとどまっていますが、中国は覇権を手にしようとしているからです。

ただし、それは米露の利益が衝突しないことを意味しません。米国の国益を背負っているトランプ大統領はそこまでやすやすと妥協することもできない。だからこそ、会談の中では多少厳しい対立があっても、記者会見では融和的トーンを示すというのが、解になるわけです。むしろ、トランプ大統領が現在重視しているのはNATOをしめあげて防衛費を増額させることであり、ロシアとの対立に小国が米国を巻き込まないように関与の低下の意思を示しておくことなのです。長期的には、先頭に立って欧州を防衛する気がないということでしょう。なぜか。それは、今後の米国の中国市場をめぐる競争において、ドイツなど欧州諸国はむしろ競争相手だからです。

トランプ大統領が深く地政学や理論を理解しているとは思いません。むしろそのロジックを裏で支えているのは、『ネオコンの論理』を著したロバート・ケーガンのように以前から米国社会に存在してきたインテリの孤立主義的な気分であり、エコノミック・ナショナリズムを持つセクターです。かつてイラク戦争開戦に寄与したネオコン知識人は、トランプ大統領を非難する人が多い。しかし、ネオコンもまたその生みの親であるリベラルから批判されたのです。エコノミック・ナショナリズムとドッキングした新たな孤立主義は、民主的リベラリズムの要素が下がっている。その代り、商業的リベラリズムの要素がギャップを埋めているのです。

それは、いってみればパイレーツ・オブ・カリビアンに出てくる“トルトゥーガ”のような、自由に対する世界観です。犯罪もあり、ボスもいて、英国の階級社会で暮らすよりも人生はチャンスに満ちているけれど、残酷で短いものになりがち。その中で、一つの親玉グループである米国の国民国家の壁を高く建てて、中にいる国民は守ろうというのが現状トランプの国益に関する世界観にあるように思います。そして、それはプーチン大統領の世界観とも一致するものなのです。

プーチン大統領の回答のスリル

共同記者会見の際、プーチン大統領米大統領選にトランプ氏が勝つことを願い、当局者に支援を指示しなかったかと聞かれ、「その通りです。なぜなら、トランプ氏は米露の関係改善を望んでいるとされていましたから」と答えています。いまやそこまでの米露融和は望めないことを両者ともに分かっていますが、かといってオバマ大統領やヒラリー候補よりはましだというのがプーチン大統領の偽らざる感情でしょう。

会談の中で、トランプ大統領がロシアのクリミア併合やウクライナ侵攻、シリアの問題に抗議や反対を表明したかどうかは定かではありません。プーチン大統領が回答をはぐらかしたからです。私は、記者会見における圧巻は次のエピソードだと考えています。ある記者が、プーチン大統領になぜトランプ大統領は選挙介入がなかったというプーチン大統領の主張を信じる必要があるのかと食い下がると、プーチン氏はこう答えたのです。「あなたはなぜトランプ大統領が私を信じ、私が彼を信じるなどということを考えたのですか。彼は米国の利益を守るし、私はロシアの利益を守るのです。」実際には、このあくなきリアリズムに基づく発言は、米露首脳の両者ともに共有している価値観なのではないでしょうか。それが文化の違いゆえに、違う出方をしているわけで、単に米国民向けにはトランプ氏のようなもっと「いい人風アプローチ」(だってやってないって言ってるじゃないか。うちだってやってるんだしお互い様じゃないか、的な)が効くというだけなのです。

孤立主義の行方

全般的に受けた印象は、トランプ大統領は今後ますます米国の利益推進策を「性悪説」に基づき運用していくだろうということです。米露が仲良くすると言っても、実際にアメリカが短期的な国益を譲っているかと言えばそうでもありません。例えば、新START条約の延長をロシア側が今回申し入れたのに対し、両者ともに意見の相違点があり、米国側はまだ同意をしていません。INF全廃条約についても、相互に違反していると非難を応酬していますが、同盟国や友好国に高値で武器を売りつけようとする態度も健在です。米国側は、必要な軍拡や、新産業分野のテクノロジーを活かした兵器開発を諦めるつもりは毛頭ないわけです。

一つ、今回の件に関する教訓を述べておきましょう。米国のエリートやリベラルは、あまりの事態にいささか自らの抑制を欠いている部分があるからです。イギリス人に関しても良く思うことですが、彼らのロシア恐怖症は日本から見て均衡を欠いたものに見えるのです。リチャード・ハース外交問題評議会代表は、普段から割と安全運転寄りの保守ですが、今回、ロシア批判むきだしの事実誤認ツイートをしています。

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いわく、内政干渉をしないのが400年にわたる国際秩序の基礎にあったのに、ロシアが大統領選介入とクリミア問題でその伝統を壊したと。国内の知識人向けには大受けでしょうが、フィリピンや、イランや、イラクや、ラテンアメリカ諸国からすれば、まあどの口が言う、という批判が正しいでしょう。ロシアの脅威に対して無自覚でないことと、「競争相手」とともに生きていくことは両立しうるものです。G8からロシアを追い出した結果、G7は無力化しました。G6は貿易紛争を起こし、防衛費増大を迫るトランプの前に無力です。日本に至っては長年の独自路線を捨ててイランの原油輸入を停止せざるを得ない羽目になり、著しく外交資源を毀損しました。抗えないのは、日本が米国に依存しすぎているためです。

トランプ大統領が持ち込んだ「お互い様」のロジックは、善悪で物事が整理できる時代の終わりをまさに示しています。私たちは相対化の時代に足を踏み入れており、そこでは悪にまみれた平和の方が、正義の戦争よりも好まれるのです。個人的な資質、スキャンダルの表層を超えて、トランプ大統領のロジックがなぜ米国の中間層にささるのか。よくよく考えるべき時に来ています。

*本記事は、7/18配信のメールマガジンから転載、加筆したものです。月4回、こうしたニュース解説に加えて本論の連載、とっておきなどを配信しています。

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