山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

沖縄県知事選とアメリカとの付き合い方(2)

 前回は沖縄知事選の争点になっている普天間基地の移設について、日本という国のガバナンスの視点から取り上げました。折しもアメリカの中間選挙の開票が進んでいる本日は、日米同盟について、広くアメリカという国との付き合い方について考えたいと思います。

 まず、基本的な構図を振り返ってみましょう。無視できないのは、東アジアという地域が冷戦構造を引きずった厳しい安全保障環境下にあるということです。しかも、中国の台頭、北朝鮮の不安定、予測しにくいロシアの動きはこの地域の未来を不透明なものにしています。そんな中にあって、日本という国には軍事的にも、財政的にも、国民感情としてもその脅威に単独で対抗し、抑止する能力はありません。よって、日米同盟は唯一の現実的な選択肢であり、冷戦時代の国内対立を乗り越え、国民の大層が合意できる事項となりました。

 しかし、ここである種の筋論を忘れてはいけません。日米同盟は、日本が自らの意思で結んでいるものであるということです。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、この点を見失ってはいけません。

 日米同盟は、歴史的な経緯から、米国側の日本防衛義務と、日本側の基地提供義務をバランスさせたものです。米軍への基地提供は、日本が自国の主権を制限することを自ら合意しているのです。その変更は、日米が合意して決めればいいことですから、ある意味、最終的には日本が決めるのです。日本が決めたことについて、米国には同盟のパートナーとして誠実に対応する道義的義務があります。

 戦後長きにわたって日本はアメリカに対して主張することをためらってきました。これは、実務レベルのアメリカ専門家が波風を立てないことを重視してきたからですが、同時に、戦後政治がこの点をごまかし続けてきたからでもあります。日米同盟は、戦後ずっと必要だったのに、リベラルな価値観が強かった国民には一貫して不人気でした。そこで、歴代政権は、あたかも日米同盟からくる不都合はすべてアメリカのせいだということにして、日本全体として被害者然としてしまったのです。

 日本が独立を回復して国際社会に復帰した直後は、それもある程度事実だったのでしょう。そもそも、米軍基地の存続を認めなければ、日本の独立もなかったし、沖縄の復帰もなかったでしょうから。しかし、沖縄が日本に復帰して40年以上が経ち、成熟した民主主義の大国同士となったのですから、そろそろ日本という国自身が矢面に立つべきです。個別には努力された方も多かったけれど、多くの政治家や役人は、アメリカが「うんと言わない」ということを言い訳にして基地の問題に正面から向き合ってこなかった。それは、日本国民に対して責任を果たしていないだけでなく、同盟のパートナーである米国に対してもフェアじゃない。

 直近の日米関係は、合意しても日本側が約束を履行できず、かっこう悪くてしょうがなかった。アメリカも交渉相手にせず、という感じになってしまっていたのはいかにも不幸でした。安倍政権は、保守の本格政権として日米関係を重視しています。最近では、中国の台頭を背景として国レベルでも、民間レベルでも日米関係の蜜月ぶりをアピールする試みに事欠きません。気になるのは、中国の台頭に対しては、日本の方がアメリカよりもっと敏感になっているので、かえってアメリカには厳しいことは何も言わない、何も言えないという雰囲気を感じることです。もちろん、尖閣諸島の防衛は日米同盟上アメリカの責任範囲に含まれるということを認めさせたことは彼ら両国の専門家の成果ですから、そこは素直に評価しないといけない。けれども、内に不満をため込みつつ基地問題などではアメリカに相当程度配慮するということがあたかも当たり前になってしまっている。

 日米同盟は相互に利益があり、合理性があるのですから、大局に立ってその不都合な部分は修正していくということであるべきです。この論理は、もちろんアメリカ側にも適用されます。アメリカも日本に対していろんな要望があるでしょう。それらに対しては、日本は誠実に対応しつつも、自らの国益を踏まえて是是非非で判断しなければならないということです。

 その際、忘れてはいけないことは、成熟した民主主義国同士の同盟ということの本質です。その際にもっとも重要なのは国民同士の信頼感です。お互い合意の上で結んでいる同盟なのですから、基地を負担の文脈でのみとらえてはいけません。また、民主主義国同士の同盟は相手を天秤にかけるようなことをしてはいけません。相手の感情に対してナイーブであったり、安易さから日米中三角形などと言っては同盟の核心であるところの信頼が崩れてしまいます。本来、攻守同盟というのは、闘うときには一緒に血を流すということです。日米同盟には確かにそれとは異なる特殊性もあるけれど、本質は変わりません。それに対する国民的合意が作れないなら、どうせ危機の時に役に立たないのだからやめたらいいのです。

 アメリカと本当の意味で信頼関係のある国はみなそうです。英国も、フランスも、イスラエルも、歴代大統領の回顧録を読めば遠慮なく罵られています。それでも、最後は政権の中枢レベルで何らかの信頼関係がある。ここが日本と違います。

 ごまかしの日米関係は、真に転換すべき「戦後レジーム」の大きな柱です。その際には、ワシントンの権力者とする話と、現場の日本担当者、軍官僚とのやり取りを分けて考えるべきです。総理には、「沖縄の基地を集約したい。観光で生きている沖縄の自然を壊すのは、民意が持たない。ついては、嘉手納統合でもいいので一緒に知恵を出せないか。お宅の外交官も軍官僚も頭が固いみたいだけど、何とかしてくれ」とオバマ大統領とひざ詰めでの取引を期待したい。歴史的に、米大統領も日本の総理大臣が本気で訴えることは聞いてくれます。

 もちろん、日本が切れるカードを冷徹に考えるべきです。ロシアなのか、中東なのか、中国のサイバー攻撃への共同対処でもいい。おそらく最大はアジアの地域主義の話になるでしょう。中国の台頭を前に、アメリカにとってはアジアの地域主義に絡めるという保証が何より大事です。日米の現政権ともにあと2年は続くのでしょうから、日本から面白い提案を投げてはどうでしょう。オバマさん、それを政権のレガシーにしませんかと。

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(Boston Common)