山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

解散総選挙(1)

 安倍総理が消費税増税の先送りとそれを踏まえた解散総選挙を表明しました。政府や日銀はマクロ経済についてより詳しく知る立場にあるのですから、先般の日銀の追加緩和も、にわかに高まった解散風も経済統計の悪化を踏まえてのことでしょう。日本経済も、アベノミクスも正念場です。

 解散風が吹き始めてからいまだ一週間ほどですが、その間の各方面の反応が興味深い。解散に大義がないというニュアンスのものが大半です。まず、指摘されるのが党利党略に基づく解散には正当性がないというもの。ついで多いのが、政治的空白を作ってはいけないというものと、600~700億円と言われる選挙費用が無駄だというものでしょうか。一票の格差を是正することが民主党の野田政権が解散した時の自民党との約束であるのに、それが果たされていないというものもありました。この最後の点には、相応の正当性があります。実際、選挙区改革についての与党の開き直りには度が過ぎたものがあります。

 党利党略を批判する意見は、筋論としてはいいでしょう。大義名分を言うことには一定の意味がありますし、誰かが言わないといけないことです。ですが、メディアの批判がそれ一色ということだとすると、それはいかにもナイーブな感じがします。この国の政治評論がいまひとつ大人になりきれていないという印象を持ちます。

 政治とは大義名分を語るものであると同時に、権力闘争の場です。任期を半分以上残しての解散は、もちろん党利党略です。改めて指摘するまでもないことです。同時に、それは選挙の争点をコントロールするという、政府与党の統治する意思でもあります。

 これだけ経済統計が悪化しているのであれば、財政以外に何も関心がないというのでないかぎり、消費税増税の延期には納得感があるでしょう。結果的に、選挙の争点はアベノミクス安倍政権の二年間を信任するか否かということになります。政治的な闘争において重要なのは、ある争点についていかなる立場をとるかということよりも、そもそも何を争点に据えるかということです。いわゆる、アジェンダ・セッティングです。野党の分裂と混乱を背景に足元では与党優位が伝えられていますが、それよりも、アベノミクスへの信任というアジェンダをセットできた段階でほぼ勝負あったわけです。

 過去には、マスコミが流れを作ってアジェンダをセットした選挙もいくつかありましたが、必ずしもいい結果に結び付いたとは言えません。例えば、政治家のスキャンダルや政治とカネの問題が拡大して解散に至るパターンが典型です。前回の安倍政権を追い詰めた「消えた年金」の参議院選挙もこの類でしょう。たいていの場合、日本の有権者はスキャンダルが重要な争点となると、政権与党に「お灸を据える」という投票行動をとります。お灸を据えられた結果何が起きるかというと、与党でも当落線上ぎりぎりのところにいる議員が落選します。多くの場合、これは当選回数の少ない若手と、選挙区の安定してない都市部の議員です。改革志向の強い議員がいなくなり、安定した選挙区をもった現状維持勢力が残ります。本質的な改革意欲はしぼみ、二世三世の議員比率は高まり、改革のポーズだけとられてお茶を濁すことが多い。

 それでも、最近ではロッキード事件リクルート事件に比するような大物政治家が関与する本格的な政治疑獄は少なくなりました。政党助成金という名の国費をつぎ込むようになった結果とは言え、この点は日本政治も良くなっているのでしょう。政治資金規正法との関係では白黒分かれたとしても、日本の運命にとっては、うちわも、後援会員にネギを贈ることも、SMバーに行くことも、まあどうでもいいわけですから。

 自民党が政権に復帰した2012年末の前回の選挙の争点は民主政権の3年間の総括と信任でした。当時の安倍自民党総裁の上潮的な発言に期待感はありましたが、多くの有権者を動かしたのは民主党への拒否感でした。その意味では、日本の民主主義にとって、アベノミクスに評価を下す機会が作られることは悪くないことです。

 それに対して、「正面から受けて立つ」と大見得を切るのであれば、アベノミクスの何が良くて、何が悪いのか、自分達なら何を変えるのかを示せばいいのです。

 第一の矢については、まあ、中央銀行の独立性がありますから正面から公約にするのは憚られるかもしれませんが、黒田総裁が進める路線が気に入らないなら、わが党の日銀総裁候補はこの人です、と言えばいい。インフレは庶民の敵だと言いたいのなら、デフレ脱却に拘らない金融政策の絵姿を示す責任があるはずです。

 第二の矢が気に入らないなら、最近復活の兆しが土建国家につながる公共事業はやめようと言ってはどうでしょうか。霞が関が復興支援と国土強靭化の名の下にどさくさに紛れてやっていることは、実は、復興のためにもなっていないことも多いので考え直します、とするのです。最大の歳出項目である社会保障を持続可能なものとするための改革案もほしいものです。

 歳入側の消費税増税が大きなテーマなのだから、日本の税制の直接税と間接税の比率についても示せばいい。格差が問題と思うならば、税の累進性や所得分配の機能について主張すべきだし、税収と国際競争力の観点から法人税のあるべき水準についても主張すべきです。

 第三の矢は、突っ込みどころ満載なはずです。規制改革については重要な論点がたくさんあります。医療における自由診療も、農業への株式会社の自由参入も、農協改革も、幼保一体化も、解雇規制の緩和も、政府与党を攻める余地はいくらもあるでしょう。女性活用も大臣起用に関する限り文字通り看板倒れですし、女性の地位向上に最も重要な待機児童対策も長時間労働対策に腰が据わってないわけですから、そこを攻めるべきです。

 要は、揚げ足取りや敵失ではなく、本気で戦えということです。もちろん、政権与党とがっぷり四つに組んで以上のようなことを主張しても選挙には負けるかもしれない。そういう意味では、これもある種の筋論です。アベノミクスには、個別には踏み込み不足も多いし、大臣の人選など首を傾げたくなることも多いです。女性活用や地方創生などの重要政策についてはことの本質を見誤っているか、わざと論点をずらしていると思うことすらあるけれど、それでも国民のコンセンサスに近いところを進んでいることは否めません。

 では、今般の選挙を意味あるものにするために野党勢力はどうすべきか。どうか、時代遅れの左派色の強いプラットホームで戦わないでほしいと願います。一定の議席は獲れるかもしれませんが、それはかつての社会党が歩んだ道であり、この国を前向きに変える勢力となることを放棄する道です。右派色の強いプラットホームは、まあ、自民党の保守勢力で十分でしょうから、今の日本に必要とは思いません。

 自民党が掲げていない、掲げられない政策で勝負すべきなのです。様々な立場があると思いますが、私は、地方分権しかないと思います。国民が自民党の下野による政権交代と、自民党の政権復帰を経験した今では、「反自民」ということでは本格的な挑戦にはなりません。それでは、お灸を据えるレベルから脱皮できない。地方分権は、自民党に対するもっとも本質的な挑戦です。この論点を、お役人同士の権限争いから、国民にとって意味ある争点に変えられるかどうかが、この先10年の日本政治の行く末を決めるのではないでしょうか。それは、次の選挙に勝てる争点ではないかもしれないけれど、次の次の選挙にはつながるものです。

 次回は、この点を掘り下げたいと思います。

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*今回のブログは上海から更新します。上海外灘の夜景。