山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

米大統領選のニューハンプシャー州予備選を終えて

アイオワ州の党員集会に続き、はじめての予備選がニューハンプシャー州で行われました。民主党の勝者はバーニー・サンダース氏、共和党の勝者はドナルド・トランプ氏です。両党の勝者に共通するのは、もっとも主流派から遠いところにいると自らを位置づけていることです。既存エリート=エスタブリッシュメントに対する支持が崩壊しつつあるのです。しかも、エスタブリッシュメントに対する支持離れが、アメリカの厳しい二大政党の対立を中和するどころか、むしろ二極化を促進しているのです。

なぜ非主流派が強いのか

非主流派=アウトサイダーの原動力は、アメリカの経済力ではなく「経済の分け前」に対する不満と不安です。サンダースもトランプも、外交上の能力はまるでといっていいほど未知数です。世界で最も影響力のあるリーダーたる米大統領の職責を担うというのに、外交能力をほとんど重視していない層が両候補に投票しているのです。

サンダースはニューハンプシャー州での勝利演説で、現状のアメリカを批判し「もっとラディカルなアイディアを試してみないか」と訴えました。民主党の支持者の9割が、米国経済は富める者を優遇していると答えています。共和党のトランプは過激なキャラクターとともにアメリカの経済を立て直す経営者としての手腕を期待されています。トランプ支持者にはブルーカラーといわれる労働層が多く、また彼がアイオワ州で勝ち得た票は組織化されていない田舎の保守的な人々です。彼が勝利したニューハンプシャーもかなりの田舎です。中上位の中間層や富裕層の多くはトランプに投票していません。

ここで間違えてはいけないのは、彼ら二人がそもそも出てくることができた土壌です。米国の経済は金融危機後、他国に先駆けて立ち直り、イノベーションも盛んで好況です。格差が開いてきているというのはあるのですが、アメリカに関するかぎり、それは必ずしも新しい現象ではありません。現在の好況と、将来にわたり超大国としての地位を維持できるかという不安がここでは混同されているのです。それを煽っているのがトランプです。トランプは、ニューハンプシャー州での勝利演説で「米国を再び偉大にする」と宣言しました。短期的には米国は惨めな状況にあるが、長期的には輝き続ける力があると断言しています。事実は逆なのですが。

民主党でも、福祉分野ではオバマケアが不十分な形とはいえ実現しました。到底不可能といわれていた中で、90年代初頭にヒラリー・クリントンが提起した国民皆保険制度が、いくたびの挫折を乗り越えてオバマケアに行きついたのです。サンダースは僅かながらも得た勝利を投げ出してかつての失敗をまたぞろ繰り返そうとしている、とヒラリーは批判します。確かに妥協を積み重ねて改革派としてやってきたヒラリーから見れば、サンダースがいとも簡単に「ちゃぶ台返し」を言ってのけるのに我慢がならないでしょう。

アウトサイダーがアピール力を持つ裏には、いままでの主流派が積み重ねてきた実績にただ乗りしているという構造があります。実際の米国は、相対的にはともかく、絶対的な意味では栄光の頂点にあるのに、自信を失って内向きになっています。こうして「帝国」は自らその座を降りていくのだということを歴史は示しています。

穏健派はどこへ

両党の中で苦しんでいるのが穏健派です。ヒラリーは、共和党からは信じがたいリベラルとして総攻撃を受けてきました。しかし、いまや最左派のサンダースからの度重なる攻撃に打撃を受けています。

共和党において、アイオワ州で3位に着けた保守のルビオは、直近の討論会でクリスティー知事に攻め込まれて、今回は3位争い集団の一人として下位に沈んでいます。穏健派の票がルビオに一気に流れるのではないかという向きもあったのですが、まだ決め手に欠くと見られているようです。「敗北」演説においてルビオは支持者のせいではないとし、もう2度と討論会でしくじることはしないと宣言しました。人間味があるというのは予備選を勝ち抜くポイントの一つかもしれません。

ルビオはいわゆる主流派であるがゆえに、多くの攻撃を受けましたが、引き続き本選では強い候補であると見られています。メディアもこの結果を受け、直近の討論会以後のルビオ・バッシングから一転して彼の今後に期待する発言を行っています。ルビオの選挙戦は「怒り」によってドライブされていないということ、そして、勝てる候補として位置づけられていることがポイントでしょう。

トランプ氏に大差をつけられているとはいえ、ニューハンプシャー州で2位につけたオハイオ州知事のケーシックの躍進は確かに見事です。穏健派のケーシック氏はアイオワ州は当初から捨てており、資金も労力も、共和党が決して勝てないリベラルなニューハンプシャー州に何か月にも渡りつぎ込んできました。資金はジェブ・ブッシュ陣営が1億5560万ドルほど集めているのに対し、2290万ドルしか集められていません。

ルビオへの攻撃で闘争本能を示したクリスティーも、同じくニューハンプシャー州に全力を注いできました。ポイントは、クリスティーも、ケーシックも、穏健派は現時点ですでに数百万ドルしか手元に残っていないということです。ケーシックという別のリベラルよりの候補が躍進した以上、クリスティーは近々脱落せざるを得ないでしょう。

裏を返せば、ケーシックは、これでようやく選挙戦を継続できるスタート地点に立ったところなのです。ルビオやジェブが個人の資金政治資金団体と合わせてまだ数千万ドル手元に持っているのとは対照的です。ケーシックは極めて有能な州知事です。しかし左派への憎しみが渦巻く共和党で、彼のような穏健派が共和党の候補になれるというのはまだまだ信じがたいところがあります。

トランプ旋風の陰に隠れていますが、アイオワ州で勝利したテッド・クルーズは最保守です。茶会党といわれる草の根運動の候補者であるクルーズは、共和党の強い州を中心に堅い組織を持ち、資金切れを起こす見込みはなく、共和党の中でも急進派の支持を集めています。南部や中西部でどれだけトランプと競るのかが見ものです。

さて、トランプのアイオワ州での苦戦は、人々の人気と実際の行動は異なるということを示しました。実際にトランプの持っている支持は、伝統的な共和党員のなかで主流派にいら立っている人々によるものです。アイオワ州では、ルビオという新鮮な候補が浮上したことによって、多くの人が直前の1~2週間で乗り換えました。

戦う民主主義の強さ

日本では、こうした長引く予備選と本選にかける手間ひまと情熱を無駄だと見る向きが少なくないようです。特に保守的な政治家からは、こうしている間にも権威主義体制の中国が力をつけ北朝鮮は危険な行動を繰り返していると指弾する発言が出てきています。

しかし、こうした意見には浅薄な民主主義理解が潜んでいます。長い選挙戦を通じて民意を勝ち得るという作業は、自党の政策や候補者に対する納得のプロセスでもあるからです。だからこそ、違いを乗り越えて納得したのちには党内でまとまって戦えるのです。それでも二大政党である以上、国の半分をまとめたことにしかなりません。

民主主義とは決して完全なシステムではありません。二大政党制もそうです。政党による政権交代が起きなければフェアではありません。エスタブリッシュメントアウトサイダーの間の戦いがなければ活気も失われてしまいます。

民主主義の国においては、民意がその方向を決めなければいけません。巧みに演出された短い選挙戦など、主流派とプロの娯楽に過ぎません。候補者名を連呼するだけの選挙などは、もはや問題外です。早く決まってほしいというのは、試行錯誤による進化を放棄しているだけでなく、民意に支えられた息の長い取り組みそのものを放棄した態度でしょう。

同盟国や超大国に対する姿勢についても同様な構造があるような気がします。同盟国というのは、何かトラブルが起きたときいきなり電話して使える便利屋さんではありません。だからこそ、どちらの党が勝つにせよ、米国が再び力強く立ち上がってくれることが、米国民にとってもその他の世界にとっても必要なのです。

 

f:id:LMIURA:20150811001205j:plain