山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

日米同盟と沖縄(下)

 前回のエントリーで、米国はやがて東アジアでの権益維持や、日本防衛のコミットメントから徐々に撤退していくであろうとお話ししました。それは、米国の民主主義が必然的に到達する結論であって、良い悪いの問題ではありません。米国は、別に東アジアや日本が嫌いになるわけでも、関心を失うわけでもなく、ただ、全体的な優先順位が低下するのです。日本の立場からそのように考えることも、親米とか反米とかいうこととは関係がありません。日米双方の、いわゆるプロの方から、少数のひそかな賛意と、多めのご批判をいただきました。日米同盟の現場が私が懸念していたよりも健全な証拠かもしれませんので、少し安心もしました。けれど、民主主義のプロセスが外交安全保障政策にどのような影響を与えるか関心を払ってきた方であれば、私の結論に納得がいくのではないかと思っています。タイムリーだったのでご紹介しますが、本日付の日経新聞で紹介されたアンケートでは、「中国の台頭が顕著になる中で日米同盟体制に不安を感じるか」との問いに対し、34%が非常に感じる、50%が若干感じるとの結果が出ています。調査における質問の聞き方など、いろいろ問題はあるかもしれませんが、国民の直感はとても鋭いと改めて感じました。

 それでは、米国が徐々にコミットメントを減らしていく中で日本にはどのような対応がありうるのでしょうか。考えられる選択肢はいくつかしかありません。①米国の撤退の現実を受け入れず米国にすがりつくこと、②米国に頼らず、いわゆる自主防衛力を強化すること、③さまざまな分野で伸張著しい中国にすり寄ること、④アジアのその他の国とともに反中包囲網を築くこと、などです。

 ①は、現行政策の延長ですのでプロ主導で物事が進むとそのようになりがちですが、これまで申し上げたとおりあまり未来のある方策ではありません。②は、端的に言って日本の財政がもたないので単独では説得力がなく、他の選択肢との組み合わせでならあり得るかもしれません。③をスマートにできるなら支持する勢力もあるでしょうが、中国が、気に入らない識者やメディア人を長期間拘束してしまうような国であり続けるかぎり難しいでしょう。④は、他のアジアの国は乗ってこないでしょうし、まあ、梯子を外されてしまうのが落ちではないでしょうか。

 結局、私は、⑤アジアの経済・政治・安保分野における協力と統合の動きを主導する、以外に解はないのではないかと思います。先日見た映画に、政府とは国民が”rich, free and safe at the same time”(=同時に豊かで、自由で、安全)であるために存在するという趣旨のセリフがありました。アジアの統合への努力は、間違いなく茨の道ですが、日本が豊かで、自由で、安全であるための唯一の道なのではないかと思っています。先の①~④の選択肢は、三要素のうちのどれかが危うい。日本は、アジアで生きていく覚悟を決めなければいけません。

 さて、本シリーズの元々のテーマであった沖縄に話を戻します。日本と同様に、沖縄が豊かで、自由で、安全であるための道はアジア統合のハブになることだと思います。米軍の広大な基地の跡地をアジア連合(仮称)の本部とするのです。アジア統合の重心は日中の和解ですから、沖縄に本部があることは歴史的な理に適っています。それは、EUの中心が独仏の間の中立国の首都=ブリュッセルであり、独仏の間を行き来してきたストラスブールにあることと呼応しています。沖縄をアジアの首都にするために、日本は大胆に身を切り、当該地域の主権を返上するくらいの構想力が必要です。ニューヨークの国連本部に対しては米国の主権が制限されることに似ていますが、もう少し踏み込んでもいいと思います。例えば、沖縄の当該地域の安全と治安はアジア多国籍軍と多国籍警察に委ねてもよいでしょう。何も与太話をしたいわけではありません。沖縄をアジアのハブにするというのは、日米同盟の実務と政治的な常識に囚われない経済人からは過去に何度か提起されたことのあるアイデアです。合理的に考えれば説得力のある構想です。

 まず、戦略的な立地。上海や台北には1時間圏内であり、北京も、香港も、ソウルも、マニラも、東京も3-4時間圏内です。現在、どのくらい意味があるかどうかはわかりませんが、文化的にもかつて中継貿易の基地として栄えた歴史とも親和性があるかもしれません。また、米軍施設をはじめとするすこぶる優秀な空港や港などのインフラがあります。米軍施設のエリアを引き継ぐことを前提にすれば土地も十分確保できます。台風などの災害に多少脆弱なのが難点ですが、防災、道路、通信等の民間のインフラも日本が整備してきただけあって一流です。

 地政学的にも魅力的です。まず、米国からすると、基地を手放すことは短期的に抵抗するでしょうが、結局「撤退」が不可避だと考えれば、自分達の影響力が強い地域にアジアの心臓が来ることは心地よいことです。自分でリソースをコミットせずに影響力を維持できると考える向きもあるでしょう。米国の最大の懸念はアジア統合が中国主導で進み、自分たちが排除されることですので、同盟国の日本のイニシアティブを歓迎するはずです。繰り返し強調しますが、日米同盟の現場のプロたちから好意的な反応があると言っているわけではありません。米国が国内政治上の理由から「撤退」が不可避となった時に、ワシントンのエリートはその痛みを最小化する次善の策であるととらえるのではないか、ということです。

 日本からすると、アジアに米国をコミットさせ、アジア連合にも何らかの形で引き込む口実になります。日本の国益にとって最大の危機は、米国とアジア(=中国)との間で無用の選択を迫られることですので、そのリスクを最小化できるメリットがあります。もちろん、主権を大幅に移譲するとはいえ、アジア本部を誘致できるメリットは計り知れない。アジアとのコネクションが強まり、入ってくる情報の質も断然違います。東京や霞が関を向いて動いている内向きのロジックが、開放的な方向に逆回転して日本全体に波及効果もあるような気がします。中国の沖縄に対する「興味」を牽制することにもなるでしょう。

 沖縄からしてもメリットは大きい。まず、基地とともに生きる物心両面の負担を軽減しつつ、新たな経済的支柱を得ることになります。しかも、それはアジアの平和と発展の礎ですから、沖縄の若者に与えるプラスの影響は絶大です。もちろん、これまでも、現在も検討されている金融特区、IT特区などの道もあるでしょう。しかし、この種のものを人造的に作ってもあまり効果は望めません。コールセンターやデータセンターなどの周辺的機能が誘致されるのがせいぜいでしょう。下手をすると税金が安いことに着目して登記だけ沖縄ということになりかねません。世界中が第二のシリコンバレーを作ろうとして失敗しているように、市場経済を前提とする限り、経済の中心はそれほど簡単には作り出せないものです。

 中国は自分達でそういう機能を誘致したいと思っていますから、当初は反対するはずです。それでも、大局観のある国ですから、米軍の撤退(それが仮に部分的であっても)とセットであれば賛成するのではないでしょうか。韓国は、日本主導にいい気がしないでしょうから、日本側からバーターでなにか提供する必要があるでしょう。韓国が済州島で進めている国際教育特区構想に日本が本気で人も金も出して協力するくらいはするべきと思います。東南アジア各国は、説得の方法如何では賛成してくれるのではないでしょうか。彼らは、まず、ASEANレベルでまとまることで影響力を確保したいと思っていますので、さらに大きなアジア全体の枠組みが、日米中が賛成する形で進む限りにおいて反対はしないはずです。この種の機能を絶対誘致したいシンガポールは反対するかもしれませんが。

 この構想の最大の弱点は、それが上から目線の改革であることです。基地の土地を所有する地主達はそれを望んでいないかもしれませんし、沖縄の住民はアジアの首都になるよりも、美しい海を守る静かな暮らしを選ぶかもしれません。しかし、政治が人々が求めることを提供する科学であると同時に、人々を説得するアートであるならば、挑戦する価値はある。専門家は、絶対に実現しないと言うでしょうし、気でも違ったかとののしられるかもしれません。それでも、日本と沖縄の将来を見通す目と、足元の悲しみに共感するリーダーであるならば、一生をかけるに値する大義があるのではないでしょうか。いかがでしょう?