山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

朝鮮半島の変化は不可逆的

南北首脳会談

今回の南北首脳会談では、文在寅大統領の必死の説得にもかかわらず、非核化検証のための北朝鮮国内の核施設や核兵器のリスト開示が実現しませんでした。しかし、成果は二つあります。まず、より小さな成果としての非核化問題における進展は、ミサイルのエンジン開発に使った試験場の取り壊しを検証するために、関係各国の専門家を入れる約束をしたことです。もちろん、もはや開発の終わったエンジンの実験場を取り壊したり、そちらのほうに査察を入れたりしても大した意味はありません。ただし、ここで国際世論の観点に注目すれば、北朝鮮が少しでも歩み寄りを見せたという点で成果として受け止められることになるでしょう。

さて、南北首脳会談のより大きな成果は南北の軍事的な緊張緩和の分野にあります。38度線の非武装地帯の実際の非武装化。これは前哨の全撤去を行う準備段階として、一キロ以内の前哨をまず撤去するところなどから始めます。そして、南北の海域の軍事境界線である北方限界線(NLL)付近での軍事衝突回避と攻撃姿勢をやめるための各種合意。既に韓国は7月に「国防改革2.0」を文在寅政権が通していますが、こちらでは国防能力強化の方針とともに徴兵期間の短縮を実現しています。韓国の徴兵者の若者が張り付いている前哨での負担が減ることは、国内的にも非常に大きな意味を持ちます。漁民の操業などの経済的利害からくる衝突を避けることも盛り込まれているため、これらの措置が全部実現すれば南北の小規模軍事衝突の可能性は限りなくゼロに近づくはずです。

共同宣言に、相変わらず「北の非核化」でなく「朝鮮半島の非核化」という言葉が載っていることで成果は乏しいということを指摘する人もいるでしょう。しかし、今回の首脳会談の目的はそこにはなく、北朝鮮が従来からのそうした考え方を崩していないことは驚きでも何でもありません。むしろ、この会談の「南北融和」を超えた意義は、これで二回目の米朝首脳会談の開催に持っていけるかどうかにあったわけです。具体的には、米国が要求している核施設と核兵器のリスト申告であり、残念ながらそこまで行かなかったというのが、文在寅大統領が会談後に厳しい顔をしていた理由なのでしょう。

ボールはトランプ政権に移りました。すぐに首脳会談というよりは、まず第二回の首脳会談を実現するための非核化行動の条件交渉に入ることでしょう。しかし、国内政治的に見れば、現在の米国は中間選挙を控え、ぜひとも外交で得点したい局面にあります。

米国の世論を見れば、非核化が実現しなくとも「歴代大統領がいずれも成し遂げられなかった業績」というスピンをかけて誇大広告を打つことは十分に可能です。したがって、朝鮮半島情勢は、南北首脳会談を受けておそらくは速いペースで変化していくことでしょう。

日本がこのプロセスに含まれていないことは明らかです。現状、トランプ政権に対して要望を出しているという状況なのでしょうが、日本が引けるレバーは極めて限られているため、まずは朝鮮半島情勢の趨勢を見極め、日本ができることを探る頭の体操が必要です。

将来を見通すためには、基本に立ち返るのが早道でしょう。以下では、各国ごとの基本的な構造と思惑に光を当てたいと思います。

韓国の生存本能

今般、朝鮮半島情勢が動きを見せている最大の要因は、韓国政府が積極的に動いているからであり、一番のキーマンは文在寅大統領です。朝鮮半島情勢の影響をもっとも受けるのは韓国であるにもかかわらず、これまでの朝鮮半島をめぐる情勢は大国の思惑によって動いてきました。もちろん、一定の事実ではあるのだけれど、「韓国は朝鮮戦争の休戦協定の署名国でない」などの言説が、韓国の思惑は関係ないという文脈とともに語られることも多かったわけです。

これは、ある意味、分断国家の悲劇であり避けられない部分があります。冷戦の終わりが見え、ドイツ統一が現実に観念できるようになった時でさえ、米ソは慎重であったし、英仏は露骨に嫌がらせをしていたわけですから。朝鮮半島をめぐっても、中国や日本などの周辺国は朝鮮半島が分断されていることからくる利益を享受してきた部分があります。文在寅大統領と現在の韓国には、脇役に甘んじる気はないという明確な意思を感じます。それは、韓国の立場にたって考えれば当然であろうと思います。

文在寅大統領及び同政権の高官の発言から見えてくる思惑を、そのまま韓国の国家意思として理解するには少々飛躍があるでしょう。ただ、文在寅氏に代表される進歩派的な考え方が、中長期的に韓国の有権者の感覚となっていく流れは変わらないのだろうと思います。保守派と高齢者を代表していた朴槿恵政権的な意味での、伝統的な保守の政権はもはや二度と現れないのではないでしょうか。

少々乱暴であることを覚悟の上で、文在寅大統領に代表される韓国進歩派の考え方を表現するとすれば、一番大事なのは北朝鮮との間の平和であるという点です。もっとはっきり言えば、北の非核化よりも、平和が大事だということです。そのためには、当然、宥和策を採用するということになります。宥和の先に平和があり、非核化があるかもしれないが、なくても良いという発想です。当座の朝鮮半島のリスクを低減させることこそが、韓国にとって最も意味のある成果だからです。

実際、韓国は相当前のめりで融和策を進めようとしています。今般の南北首脳会談には、韓国経済を支える4大財閥のトップが帯同しました。当然、南北融和を肉付けするプロジェクトを実際に担う存在として期待されているからです。意味あるレベルでの核削減コミットと平和宣言が実現しないと、こちらの開発協力は起動しませんが、交渉を進める際のアメにもなる材料ですから、準備を進めることには問題はないでしょう。実際、現代財閥だけでなく、サムスンやLGなどは相当程度北への投資・開発協力のポテンシャルを感じ取っています。すでに彼らは東西ドイツ統一の際の開発をレビューしています。韓国国内での言説分析には注意が必要です。本音と建前の部分を切り分けて考えないといけない、というのがここでもカギとなります。文在寅政権は経済政策で躓いて支持を下げていますから、経済的チャンスをものにすることは重要です。進歩派政権ができると、一定の試行錯誤ののち、大抵野党の時よりも経済政策が現実路線になるものです。文在寅大統領も例外ではないはずです。

また、韓国の本音からすると、一定程度の南北融和が達成された後の北朝鮮核兵器は、必ずしも脅威とは映らないでしょう。実際、同一民族に対して北朝鮮が核攻撃を行う可能性はそのシナリオの下ではかなり低下するのでしょうから。また万が一、北朝鮮核武装したままの形で南北統一やその中間形態としての連邦制的な状況が実現したとして、朝鮮民族としての核は韓国の国益上もマイナスではないからです。

韓国の日本に対する警戒感が強いのは自明のことですが、実は、中国に対する反発や警戒感にも大きなものがあります。これまでは、日米韓という同じ陣営の存在がありましたが、米国が東アジアから引いていき、北朝鮮との融和が実現すると、米韓同盟の大義名分が掘り崩されていくわけです。韓国からすれば、その時には、中国の影響力とじかに対峙しなければならなくなると考えるでしょう。核兵器そのものでなくとも、核技術を有する同民族の存在は力強いものと感じられる土台が存在するのです。

撤退する米国の本音

私が、米国が「帝国の座から降りる」、あるいは「東アジアから撤退していくであろう」と申し上げると、特に、実務界隈の方から強く反論されます。トランプ政権の登場で、さすがに米国の内向き化が白日の下にさらされましたので、最近はそこまで露骨な反発は受けなくなりましたが。私は、2007~08年頃からイギリスの帝国からの撤退の研究をしてその種の発言をしてきたので、随分と反発を受けたものです。実際に、米国において内向き化の歯車が回り始めたのは、2006年にイラク戦争の泥沼化を受けて、当時の与党共和党中間選挙に惨敗してからであると思っています。

ブッシュ(子)大統領は、戦局悪化の責任を取らせる形でラムズフェルド国防長官のクビを切ります。イラク戦争アフガニスタン戦争はその後も続きますが、米国のスタンスはガラっと変わりました。中東では出口戦略が語られ始め、東アジアでは米国の姿勢がにわかに融和的になっていきます。朝鮮半島情勢をめぐっては、六ヵ国協議が立ち上がったころと重なっていますが、外交の大物達が現場を去り、職業外交官を中心とする融和的なチームが投入されることとなりました。米国の姿勢が急にふにゃふにゃになったことを訝しく思った記憶は、今でも鮮明です。

2006年に始まった内向き化の流れは、2007-08年の金融危機の深刻化の中で、鮮明となっていき、ある意味、その流れを象徴する存在であったオバマ大統領の当選によって決定的となりました。中東では、シリアでいったん引いたレッドラインを守らず、同盟国であるイスラエルの反対を押し切ってイランとの核合意を締結します。東アジアでは、民主党大統領が陥りがちな中国との融和にのっかり、その大国化を牽制することはほとんどありませんでした。北朝鮮政策は、「戦略的忍耐」という名の無策でした。

そして、トランプ大統領とともに2016年の大統領選挙において、民主党側で旋風を巻き起こしたサンダース上院議員は、トランプ大統領に輪をかけて米国の内向き化を推進する存在でしょう。民主・共和を問わず、孤立主義的な考え方が米政権を席巻して、既存エリート達に挑戦しているのです。米国の内向き化は、トランプ氏が登場するはるか以前に始まり、彼が去った後にも残るトレンドである可能性が極めて高いのです。

もはや、米国は東アジアの戦争において、自国兵士の犠牲を甘受する気はまったくないでしょう。

まして、東アジアでの戦争は犠牲を伴うということのみならず、中国やロシアなどの大国の関係を気にする必要がある地域です。冷戦の論理において、ソ連との間で世界を二分していた時代ならいざ知らず、米国としてそんなリスクを冒す合理性は全くないわけです。とすると、朝鮮半島をめぐる米国の国益は何か。

第一は、熱戦が起きないことでしょう。北朝鮮核武装ICBMを通じて米本土を射程に収め得る状態については許容できないでしょうが、とはいえ、それを排除するためにどこまでの行動を想定しているかは微妙です。米国は、インドやパキスタン核兵器については基本的に許容しているという歴史を持つわけですから。北朝鮮が、韓国と融和し、米国に対する挑発的な言動を慎んだ場合には、核やミサイルさえも許容しかねないと思っています。テロリスト集団や、中東やアフリカの不安定な地域への核不拡散には気を遣うでしょうが、その程度なのではないでしょうか。

表向きの言説とは裏腹に、在韓米軍の撤退についても、一定の条件の下では許容するのではないでしょうか。在韓米軍の存在に拘るとすれば、それは中国に対する牽制効果を狙ってということになるでしょうが、米国には他にも多くのツールがあります。そもそも、米国は中国に対して、東アジアにおける一定の勢力圏の構築に是が非でも反対するでしょうか。

中国が欲するもの

朝鮮半島に関連して、中国が欲しているものは何か。最低限、中国が確保することに拘っているのは、自国の国益及び安全保障への直接的なダメージを避けることです。その意味で、中国が望んでいないことの筆頭もまた、朝鮮半島での熱戦です。いったん戦争が起きれば、北朝鮮から大量の難民が中国に押し寄せることは明らかでしょう。中国経済は混乱し、具体的なコストを払う立場にもなる。それは、絶対に避けなければならないシナリオです。

しかも、実際に熱戦になった場合には北朝鮮が崩壊することはほぼ間違いない。東アジアにおける中長期的な米国のコミットメントについては疑問が残る一方で、朝鮮半島で熱戦を戦った暁には、統一した朝鮮に対して影響力を行使する展開とはなるでしょう。中国からすれば、自国の首都の目と鼻の先の中朝国境沿いに米軍が展開するという悪夢のシナリオへとつながるリスクがあるのです。

自国に直接的に影響があるシナリオに加えて、中国には、中長期的に東アジア地域に対して比類なき影響力をふるうことができる地域覇権国を目指しているという文脈があります。むしろ、現時点で既にその地位にあると考えているかもしれません。そして、その思惑を邪魔するする唯一の存在が、東アジアに前方展開する米軍の存在です。中国は、地域覇権国として朝鮮半島で推移する事態をコントロールしたいとする強いこだわりがあります。韓国の積極的な動きによって、南北と米国とで半島の運命が決められる可能性が示唆されたときには、強烈に巻き返しを図り、それまで冷たくあしらっていた北朝鮮の後ろ盾としての動きを見せたのは、そのような思惑の表れでしょう。

ただ、中長期的には米軍を地域から排除し、東アジアにおいて比類なき存在となりたい中国も短期的には米国との対立を避けることを重視しています。そもそも、中国経済は米国市場に大きく依存しており、米国との対立は中国との国益になりません。しかも、中国は、時は自らの味方であることをよくよく承知していますから、焦る必要は全くないのです。

日本にとっての朝鮮半島問題

他にも、ロシアの動きもあるし、北朝鮮の経済開発に一枚かみたい欧州諸国の思惑もあるでしょぅ。ただ、これまでに取り上げた米中韓がもっとも重要なアクターです。そして、以上からはっきりするのは、そのいずれもが朝鮮半島での熱戦を望んでいないということです。北朝鮮と違って、各国の思惑はある程度外部からも窺い知れますので、北朝鮮自身も十分に理解していると考えるのが普通でしょう。

そんな中、日本が欲するものは何か。表向きは、核、ミサイル、拉致の問題を包括的に解決することとなっています。それは、偽りではありません。核とミサイルは日本の安全保障に直結する点であり、拉致問題は日本国民の関心も非常に高い人権問題だからです。それらの解決を目指すべきということに異存はありません。では、日本に切れるカードは何か。一つは、米国をはじめとする周辺国に日本の国益を訴え、代弁を頼むということです。いかにも、心もとないですが、米中韓の三カ国にとって日本はそれなりに重要な国です。北朝鮮政策で恩を売ることで、その他の分野で日本から利を引き出せると思えば、成立しない戦略ではありません。だから、それはそれでやればいい。

ただ、当たり前ですが、外交の世界は利と利がぶつかり合う世界。基本的には、日本自身が北朝鮮の利益になるカードを切れなければ事態は動かないでしょう。日本には、北朝鮮での熱戦の脅しをかけるという選択肢はありません。米中韓が、基本的に熱戦を望んでいない以上そもそもそんな脅しはききませんし。経済制裁についても、米中韓次第というところがあります。

結局のところ、日本が切れるカードは日朝平壌宣言の中で触れられている経済協力です。下記に、同宣言で触れられている部分を抜粋します。これは、小泉総理が署名したものとして将来にわたって日本という国家を拘束する原則です。

 

「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。

双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした」

 

同宣言には、具体的な金額は明記されていませんが、報道ベースでは1兆円規模とも、それ以上とも言われています。経済協力が行われるような局面では、北朝鮮のある程度の「改革開放」を想定できるのでしょうから、経済協力は日系企業の進出の足掛かりという観点からも捉えられるでしょう。南北首脳会談や米朝首脳会談がニュースを飾っている際には、国内で日本が「蚊帳の外」であるとの批判が行われました。日本は安全保障上の強制力を持ちませんし、朝鮮半島の当事者でもありません。その意味では、日本が蚊帳の中に入るためのカードは、この経済協力における存在感以外にはないのです。そして、北朝鮮のような強権体制と融和することが大変に苦しく、不道徳でさえあるかもしれないとは思いつつも、平和が一番であることはその通りです。また、歴史が確かに動こうとするとき、立場こそ違え、その朝鮮半島に背を向けることは望ましいことではありません。

また、経済協力をするということは、日本が北朝鮮の核の脅威にまるで対処しなくて良いということを意味しません。南北が行っているのは偶発的衝突の最小化であり、韓国はむしろものすごい勢いで軍事支出を増やしてきているからです。北朝鮮の核がすぐに全廃されるどころか、ある程度の量が保有され続けることを見越せば、また、融和を通じて米国の地域的な軍事プレゼンスが後退していくであろうことを踏まえれば、融和と国防強化はセットです。そこを読み違えてはいけません。日本では長らく、北朝鮮に融和せず自前の防衛力強化を望むリアリストと、北朝鮮との融和を主張する一方で自前の防衛力強化や対米同盟の強化に反対する平和主義者が対峙してきました。今リアリストに求められる組み合わせは逆であるはずなのです。

最後に、北朝鮮との融和が呼び起こす問題を指摘しておきましょう。安倍政権は、過去6年の間に国防政策を「普通の国」に近づけてきました。安保法制の整備や、特定秘密保護法の整備などです。そして、それらの改革を押し通す際に頻繁に聞かれたのが、安全保障環境の悪化です。そして、日本の国益にとって中長期の最大の懸案事項は中国の台頭です。しかし、中国とは政治的にはしばしば緊張関係に陥るものの、経済的には相互依存の関係にある。よって、中国が脅威であると正面切っていうことは憚られる部分がありました。そこで、役割を果たしたのが北朝鮮の脅威でした。国民からも、世界からも、北朝鮮が脅威であることは明らかであったし、北朝鮮には大して気を遣う必要もなかったからです。

朝鮮半島における地政学的なリスクがなくなったわけではまるでありませんが、突発的な事態が生じない限り、しばらくは融和の方向で推移するでしょう。それは、日本にとっても歓迎すべき緊張緩和ではあるのだけれど、いよいよ「中国恐怖症」が日本外交の前面に出てくる契機でもあるのです。

*この記事は三浦瑠麗の公式メールマガジン「自分で考えるための政治の話」9月19日配信記事に加筆修正したものです。月4回、この分量+とっておきのメルマガを配信しています。

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