山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

難民問題の教訓

2015年は世界中のメディアが難民とテロのニュースで溢れた年でした。この二つのキーワードには深い関係があります。テロも難民も、横暴な政府や統治の崩壊といった国内の病弊から生まれ、周辺国の安定や安全に影響を及ぼします。テロは国家ほど強くない集団が恐怖を呼び起こすための戦略であり、起きてしまえば妥協は不可能です。

対して、難民は豊かな生活を送っている社会に対して突き付けられる具体的な悲劇を体現する存在です。そこで、人道的見地からは難民に対して援助の手を差し伸べることが求められるわけですが、十分な準備なしに場当たり的に対応してしまうと悲惨な結果を招くこともしばしばです。

なぜなら、難民に対する人道的見地を強調すればするほど、かえって社会の中に反発を生む構造が存在するからです。ある者は、既得権を害されたとして狭量さを剥き出しにし、またある者は政治的な利害計算のために当たり前の正義に目をつむるようになるからです。

テロの脅威を生々しく感じ、難民受け入れについても多くの教訓を蓄積している欧米の状況を振り返りながら考えたいと思います。

中東の混乱に至る道

そもそも難民という現象自体は新しいものではありません。歴史上、民族大移動や植民と称される事象の多くには今日的な感覚でいうところの難民と近い現象が含まれます。そして、宗教改革、大飢饉、世界大戦など国際情勢が大きく動くときには必ず大量の難民が発生してきました。

もっとも、今日の難民危機は中東の大混乱と具体的に紐づいていますから、その理解のためには2001年にニューヨークを襲った9.11同時多発テロを起点として捉えるのが良いでしょう。今から振り返れば、米国はテロへの対応をめぐって誤った反応をしてしまいます。

大量破壊兵器の存在を理由に2003年に始まったイラク戦争は、2011年の米軍撤退完了で幕を下ろしました。サダム・フセイン政権の転覆、そして米軍の撤退を転機に中東の情勢は大きく動きます。短期間で収束すると思われていたイラク戦争は、占領期の2005年あたりから戦況が悪化し、米軍への攻撃が盛んに起こります。ブッシュ政権末期に決定された大規模増派を通じていったんは統治を再確立しますが、民主党オバマ現大統領がイラクからの撤兵を掲げて政権に就き、2011年の米軍撤退へ繋がるわけです。

テロの件数は、米軍の撤退と軌を一にして跳ね上がりました。アラブの春と呼ばれる革命が様々な理由から失敗に終わり、無法地帯を生み出してしまったこともあったでしょう。シリアのアサド政権のように人々の反抗を抑え込むために独裁政権が残虐化したこともありました。こうした無秩序が元々彼の地に存在したイスラーム原理主義に火をつけ、普通の暮らしを続けていた民に自らの家と国を捨てさせるほどの恐怖を呼び起こしたのでした。

国内避難民も含めた難民の数は数千万人に及ぶといいます。昨年には欧州に流入する難民が激増し、およそ百万人がボロ船を使って地中海を渡ったと報じられています。海路経由の約半数がシリアから、二割強がアフガニスタンからです。トルコからバルカン半島を経由した陸路でも、難民は次々に流入しています。

当たり前に聞こえるかもしれませんが、ここでの教訓は秩序を崩壊させてはならないということです。世界には正義に基づかない秩序が多く存在するけれど、民にとっての最大の脅威は無秩序だからです。

難民危機の深化

こうした事態に対処し、欧州最多の100万人規模の避難民を受け入れてきたドイツのメルケル首相は、欧州各国で難民受け入れの分担を主張するなどリーダーシップが際立っています。もっとも、人道主義に対する姿勢を異にする東欧諸国は受け入れを拒否していますし、国内的にはそのような寛容な難民政策は不人気で、盤石と思われた政権基盤が危ういとさえ囁かれています。フランスでもドイツでも移民反対を掲げる極右勢力が活発化し、フランスでは統一地方選の第一回投票で極右政党が第一位になったほどです。

その背景には、昨年11月に米欧を震撼させたパリ同時多発テロの衝撃がありました。欧州に潜伏していたイスラーム国(IS)の活動細胞による犯行は、対処の困難な劇場やカフェなどのソフト・ターゲットを標的とし、100名を超える死者を出しました。自爆テロや乱射事件は「大義」に心酔し、自ら進んで犠牲となるテロリストの存在を必要とします。恐ろしいことですが、開放的な社会においては、自らの命を顧みない集団からの攻撃を未然に防ぐ手立ては存在しないのが実情です。

パリでの同時テロによる大きな影響は、テロと難民問題が組み合わされて理解される状況を作り出してしまったことです。テロリストが難民の中から生まれているというのは必ずしも事実ではありません。

昨年の大晦日にはさらなる転機が訪れました。ドイツ第四の都市ケルンで、駅から降りてくる女性を次々に取り囲んで襲い、性的暴行を加えて金品を強奪するという事件が起きたのです。ケルンは決して治安が良い都市ではありませんが、800件を超す被害届の規模は異常なものでした。

問題をさらに複雑にしたのは、アラブ系や北アフリカ系の男たちによる犯罪である事実を、警察当局や報道関係者が当初明らかにしなかったことです。行われた犯罪の卑劣さに加えて当局の隠ぺいが疑われ、ドイツ国民の反発が一気に高まりました。

自身も暴漢に命を狙われた経験を持つ、ケルン市長(女性)は、警察の初動が遅れたのは、治安対策や難民政策での批判を予測して保身に走ったのではないかと批判しています。市民を守ることを最優先すべき警察が、自己都合を優先して性犯罪被害の深刻さを低く見積もったとすれば、許されることではないとの批判は正鵠を射ています。

当初メディアが、被害者の話を聞けばすぐに分かる加害者の人種や言語などの情報を報道しなかったことも、根深い問題です。これほどの規模で性犯罪や強盗が行われたときに、メディアは当然背景を知ろうとするでしょう。ストーカーによる性犯罪ならば微に入り細に入り報道するマスコミが、申し合わせたように沈黙した背景にはテロや難民問題が孕む政治性が影響しています。

「政治的な正しさ」をめぐる配慮によって、犯罪捜査や報道の姿勢が曲げられてしまうという倒錯した状況が生じてしまっているのです。

難民問題は先進国の病理を映す鏡

難民問題が難しいのは、具体的な個々の難民への対処という次元を超えた亀裂を社会に生み出すからです。社会が難民を受け入れるという判断は、基本的には人道的な価値観に立脚しています。民主国家においてそのような政策を支えるのは民の善意です。しかし、人々の善意にはむらがあるものです。中には人道的見地よりも国民の文化的背景や一体性を重視する考え方も存在します。そうした懸念の多くは右派から寄せられますが、狭量さと激しい憎しみを伴うこともしばしばです。難民問題が、社会の中に存在する狭量さを呼び覚ましてしまうのです。

それに対抗して、難民を受け入れるべきとする側のカウンターも先鋭化します。次第に、目の前の事態に対応することよりも、政治的象徴性を優先するという状況が生じます。治安やテロの問題は、左右両極の議論に違和感を覚える中道の市民にとっても関心を持ちやすい問題ですから、特に政治的な対立が激しくなってしまう傾向があります。

また、難民と移民は違うと言われますが、かつてのアウン・サン・スーチー氏のように大物政治犯として迫害されていた人を除けば、その境界線は常にあいまいです。個人の安全をめぐる状況はたいして変わらなくても、出身国によって区別がつけられてしまうこともあります。難民認定された人とそうでない人の境遇の間には、看過しがたい不平等が存在します。だからこそ、難民を受け入れる社会の側について論じる時には、移民まで含めて広く射程を取ることが重要です。

多くの先進国には、難民や移民などのマイノリティー社会への法適用に関するダブル・スタンダードが存在します。ある時は、マジョリティーの市民に対するよりも厳しい法適用が行われます。米国における黒人社会への法適用はこのようなケースでしょう。他方で、マイノリティー社会に配慮し、あるいはマイノリティー社会と関わることのトラブルを予め予想して法適用が消極化し、事実上の治外法権が生じてしまっている場合が多く存在します。当たり前の犯罪が、当たり前に処罰されない空間が生まれているのです。

これまでに欧州に流入してきた移民や難民の一部には、下層社会やギャングを構成する層が存在します。ケルン暴行事件の容疑者はモロッコ系が多かったといわていますが、彼らの多くはシリア難民が流入する以前から存在していた貧困層であり、社会における地位が不安定であるからこそ犯罪の温床ともなりやすい存在です。そのような下層社会で、実は真っ先に被害を受けるのは女性や子供などの弱者です。ユーゴ紛争から大量派生した避難民の若い女性が欧州各地で娼婦として売られていったことは、公然の事実です。本来行政はそのようなところにも光を当てるべきなのです。

近代国家において、公正な法の適用は社会の最重要のインフラです。テロと、難民や移民の問題が組み合わされて理解されてしまう今日にあって、この点を揺るがせにすることは許されません。大量の難民を受け入れたドイツの普遍主義と国民の善意には、頭が下がります。目下の危機を「歴史的な瞬間」とするメルケル首相は、その困難さも十分に理解した上で決断をしている。難しいことに挑戦するからこそリーダーなのであり、彼女はその名に恥じない存在です。

しかし、難しい判断であるからこそ事実を曲げてでも正当化したいという誘因も大きいのです。普遍主義を掲げて難民に手を差し伸べるからこそ、法の適用という場面においてその旗を降ろしてはいけないのです。

足りなかった同化政策

マイノリティー社会への法適用が問題となるのは、同化政策に失敗してきたからです。今日の問題の多くは、労働力不足という経済的な問題の解として移民を大量に受け入れておきながら社会の中に包摂せず、中途半端な存在として放置してしまったことに原因があります。結果的に、社会の多数と根本的な価値観を共有しない、疎外された集団を作り出してしまいました。そして、欧州の多くの国では移民の2世・3世までを含めると人口の2割ほどを占めるに至っており、文化的・経済的な衝突が避けられなくなっているのです。

同化政策とは、19世紀にフランスのナポレオン三世が行ったフランス語化教育や、ロシア帝国における少数民族の言語使用禁止など、国民国家形成や帝国統治の文脈で行われる画一化のための政策を指しています。徴税や徴兵を実施するにあたり、福祉の網を拡げていく効果も伴っていました。競争力のある強い国を生み出そうと思った国王や皇帝による統治の試みは、結果として国民に社会福祉を提供しようという考えにも道を開いたのです。

かつての同化政策が、強者による価値観の強制という側面を持っていたことは事実です。その歴史に対して、現代社会が自省的になることは悪いことではありません。しかし、難民や移民問題の文脈においては、リベラルな価値観を掲げるあまり、過剰に臆病になり、結果的にリベラリズムの根幹を見失っていないかという視点が重要です。現代における同化政策を立案するには、多様性を前提とした社会において最低限の共通認識とすべき点は何かという問いに応えなければなりません。この問いを突き詰めるには、社会として精神的な体力を必要とします。

例えば、フランスでは「ライシテ」思想を持ち、学校や公共の場でスカーフ着用を許さないという判断を行いました。信教の自由を大切にしながら、その表出として象徴性のある行為を禁止するという判断には勇気が必要です。では、フランスは狭量な国なのかと言えば、ことはそれほど単純ではありません。フランス人は宗教に対して敵対的ともいえる政策を貫くことで、カソリック教会からも、プロテスタントの大国からも干渉を避け、国内の統一と統治を実現できたという歴史を背負っているからです。まずフランス人であって、その次に個人の宗教や民族的な志向があるのだという考え方です。フランスがそのような宗教観に至った背景には、フランスが統治の脆弱な国だったということと関係しています。幾度も統治を破綻させ、脆弱な連立やクーデターを経て、暗殺の横行などに苦しんだからこそ、統合を高めることを至上命題とするのです。そして、その分だけ反動的に自由を求める機運も上昇するというのが、現代のフランスの複雑なあり方なのです。

現代社会において、「それぞれの価値観が重視されるべき」とする価値相対主義は重要です。しかし、現代人の享受する価値相対主義という贅沢は、我々の先達が血の滲むような努力の末に獲得した、普遍的な価値観の上に築かれているものなのです。多様性とか多文化主義が大事だと繰り返すことは表層をなぞることでしかありません。問題の本質を見たことにはならないのです。問題の本質は、多様性を尊重するためには最低限の、的を絞った同化政策が必要だということです。

逆説的ですが、多様性の尊重は同化政策の先にしか存在しないのです。それは移民を国民や帰化希望者と捉えるところから始まり、同化政策のコストを惜しまないということを意味しています。

欧州の主流派のエリートからすれば、同化政策の根本となる価値観は寛容性や世俗性ということになるでしょう。しかし、極右政党からすれば、それは民族やキリスト教的価値観ということになります。そこはあくまでも合意できない可能性を踏まえつつ、社会の根幹を形成する価値を守る。そのためには国民に嘘をついてはいけないし、対策なしに移民や難民を受け入れて社会の限界を試してはならないのです。こうしたエリートのバランス感覚と誠実さが今後何より大事になってきます。

日本の難民問題

難民問題について欧米の事例から学ぶことのできる教訓について見てきました。まず、秩序を崩壊させてはいけないこと。次に、表層的な政治的正しさのために、法の適用や報道の姿勢を曲げてはならないこと。そして、国家や社会の根本的な価値観を守り多様性を保持するためにこそ、同化政策を怠ってはならないことです。

日本は難民問題について、どのように対応すべきか。その際に重要となるのが物事を数字で捉えるということです。日本の社会政策をめぐる議論において、とかく抜け落ちがちなのが、この数字をめぐる感覚であり、難民問題のように人々が感情的になりやすい問題では特にその傾向が強いからです。日本には、ドイツのように100万人規模の難民を受け入れる能力も意思もないでしょう。そんなことは、国際社会から求められてもいないし、過去の受け入れ実績からも合理的に期待できるレベルではない。

しかし、現在の日本のように、実質的な「ゼロ回答」ではあまりに了見が狭いといえます。日本での難民受け入れの議論を見ていると、受け入れる前から、とにかくできない理由をあげつらっている。奇妙なのは、難民受け入れに反対する議論が、いわゆるリベラル勢力からも声高に聞こえてくることです。難民問題においては、最右派と最左派の間に奇妙な符合が窺えます。左右両極の外縁には、いつまでも結論にたどり着かないことで実質的にゼロ回答を支持する立場もあります。

日本にも約1万人のインドシナ難民を受け入れた実績があります。まずはその水準から始めればどうでしょうか。ドイツの100分の1、日本の人口の0.01%水準ですから、社会に統合することも十分可能でしょう。併せて、日本社会が外国人を受け入れる際の様々なごまかしの仕組みも見直すべきです。かつての日系人や近年の研修生のように、労働力として受け入れておいて劣悪な労働環境で使い捨てにするようでは、日本のイメージを悪くするばかりです。実質的に労働力として入国させているのだとしても、そこにいるのは具体的な一人の人間です。なにより、「おもてなし」を誇る国の姿勢としていただけない。

個々の難民申請者の中に、不届き者がいることもあるでしょう。出稼ぎ目的の者もあるでしょう。そもそも、難民問題のような難しい問題においては、やらないための理由付けなどいくらでも出てくるものです。戦乱を逃れて、命からがら逃れてきた人間に、それでも手を差し伸べるところから始まるのですから。外交の根本に積極的平和主義を掲げ、国連非常任理事国を務め、G7の議長国を務める国の姿勢として、その程度のことからはじめてもバチは当たらないというものです。

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