山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

慰安婦問題の日韓政府合意を受けて

老練な外交成果

 日韓が慰安婦問題について合意に至りました。先の首脳会談で、「年内解決」がぶち上げられて以来、日韓合意が近づいている旨のリークが続いていましたから、まったく意外であるというわけではありません。私自身は双方の国内政治上、受け入れ可能な合意に至るのは難しいのではないかと懐疑的でしたので、「本当にやるのか」というのが率直な印象でした。その上で、今般の合意については老練な外交成果として評価したいと思います。

 合意の骨子は、まず日本政府が慰安婦問題について「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」ことを認め、「心からおわびと反省の気持ちを表明」することにあります。ここでのポイントは「軍の関与」という幅のある表現を使っていることでしょう。韓国からすれば日本軍による国策として強制性を認めさせたと主張できますし、日本は軍主導による強制連行までは踏み込まずに、慰安所の運営に軍が関わっていたことを認めたに過ぎないと主張できます。

 合意では、「韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算(約10億円*筆者挿入)で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う」ことになっています。個々の元慰安婦の方が金銭を受け取るのか否かについては、韓国政府に下駄を預けています。その結果として、慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」されるという、日本が一番欲しかった言質を得ているわけです。

 長らく懸案として存在し、戦争と暴力と性的搾取に関わる問題ですから、左右双方から様々な意見が表明されています。今後の日韓双方での世論の展開は読み切れませんが、左右の両極に位置する勢力以外は積極的に「評価」まではせずとも、「許容」するのではないでしょうか。特に、妥協を嫌う保守陣営を黙らせることは、保守に基盤を持つ安倍政権にしかできなかったことでしょう。その点が、自民党の中のリベラル勢力を代表していた河野官房長官主導の河野談話との違いでしょう。

 反発する保守勢力に対しては、韓国側の出方を見ようと言うことができます。韓国政府が本当にこの問題を提起しなくなるのか、また、在韓日本大使館前の少女像の撤去/移転について「努力する」のか、韓国側にボールがあるからです。

 2013年末の総理の靖国参拝と同様、国内メディアが「休日モード」に入っているタイミングを見計らっての合意発表といい、合意に至る過程での期待値コントロールのやり方といい、今回の合意には老練という印象を持ちました。

 それでも、何か引っかかるものがある。政権による「歴史的」との自画自賛の評価とは別に、いくつかの懸念を覚えるからです。

国民の和解は遠い

 最初に確認すべきは、これは政府間の合意であって国民間の合意でも和解でもないということです。当たり前のことですが、重要な点です。

 韓国側は、これまでの常識からはとても解決できるとは思えない難題を抱え込みました。もちろん、日本側として、相手国が国内合意を取り付けられるかどうかまで心配して交渉する義理はありません。韓国の国内説得はどこまでも韓国の問題だからです。実際には、元慰安婦の方の説得も、慰安婦の方々を支援してきた対日強硬派の挺対協の説得も、少女像の撤去も、どれも一筋縄ではいかないでしょう。韓国の野党は当然批判のボルテージを上げてくるはずで、来年4月の国会議員選挙で与党が持ちこたえられるか注目されます。

 日本側の世論も微妙です。足下の合意に不満を表明している保守層のことではありません。低位で安定している対韓世論全般が、さらに悪化するのではないかと思います。なぜなら、今後、慰安婦問題は以下のように展開するだろうと予想するからです。

 今回の合意に韓国国民は拘束されませんから、韓国内はもちろん、米国や豪州など韓国系の住民を抱える国においては、これまでにも増して慰安婦問題がクローズアップされることでしょう。慰安婦像もどんどん建てられるはずです。

 また、日韓政府は、「国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える」ことに合意していますが、当然、私的な団体による問題提起はなくなりません。韓国政府も、慰安婦問題で日本政府を「批判」することはしないかもしれませんが、当然慰安婦問題を「記憶」し、「顕彰」するための活動は継続するはずです。

 今回の合意によって、日本社会には、今後、韓国(人)は慰安婦問題を持ち出さないという期待が生じているかもしれませんが、その期待はほぼ確実に裏切られる運命にあります。残念ながら、韓国国内に存在する強い反日世論は変わりませんから、反日運動は続きますし、日の丸が焼かれることも続くのです。韓国政府による対日批判は多少はトーンダウンするでしょうが、日本国民から見た慰安婦問題の取り上げられ方には大きな変化はないはずです。

 日韓関係については常々、国民に支持されない合意はもたないと申し上げてきました。悲観主義が過ぎるのかもしれませんが、数年後、あの時が日韓関係の転換点だったと振り返ることになるのか。国民の支持に根差さない「プロの妥協」がかえって国民同士の関係がこじらせないか、懸念を覚えるわけです。

何のための妥協だったのか

 今回の合意に至る過程では、日本政府も重要な点で妥協を行っています。大事なのは、何のための妥協であったのかということです。

 最も一般的な解釈は、東アジア外交のためということでしょう。日韓関係を改善することは隣国との関係改善ということでそれだけで一定の価値がありますが、より大きくは日米韓の絆を再強化することにつながるという点でしょう。日韓関係の改善には日中関係の改善が効いていたことは明らかですので、日韓関係の改善によって今度は中国にプレッシャーがかかるという側面もあります。

 日本外交にとって一番の課題である中国とどのように向き合うかという点において、日韓関係の改善は明確な好材料です。日韓関係を改善する一番の戦略的な意味は韓国を中国の側に過度に追いやらないことですから、そのための妥協ということであれば十分な大義があります。

 二つ目の可能性は、内政上の目的をもった妥協であったという解釈です。安倍政権は、これまでも世論の雰囲気に巧みに対応してきました。安保法制の制定過程で右に寄りすぎたと思われたときには、首相の70年談話で中道に歩み寄り、支持率が回復基調にあるときには強硬策も押し通す。政策の微妙な立ち位置や言い回しを調整し、政策実施のタイミングもうまくコントロールしてきました。

 年明けには、ずっと先延ばしにしてきた国会が控えています。景気の先行きが不透明で、アベノミクスの効果に注目が集まる中で、不人気の消費増税公明党に配慮した軽減税率を固めなければいけません。夏に控える参議院選挙は、政権にとっての終局的な政治目標と思われる憲法改正を進められるかを占うものです。言ってみれば、憲法改正を実現するための妥協ならば、そこに一定の意義はあるとの見方は可能でしょう。

 三つ目の可能性は、統治のための妥協であるという解釈です。つまり、長期政権を目指す安倍政権が権力維持のために行ったものであるということです。政権にとって権力維持はもちろん重要です。総理がコロコロ入れ替わる不安定な政治を経験してきた日本国民はその思いを強くしており、安倍政権の高支持率を支える根本的な理由となっています。しかし、本来的には政権維持は手段であって目的ではないはずです。

 慰安婦問題は人々の感情に訴える問題ではあるけれど、基本的には象徴性をめぐる問題でしかありません。そもそも70年以上前の過去に完結している事象の解釈をめぐる問題です。名誉を回復されるべき元慰安婦の方もご存命の方々はわずかです。したがって、基本的には誇りとプライドの問題であり、動員されなければならない国家資源も大きいものではありません。慰安婦問題にこだわってきたのは韓国ですから、相手にとって重要な問題に、一定程度誠実に対応することは悪いことではありませんが、その妥協に、血の滲むような苦しさはありません。

 言い方を変えれば、日本はもっと大きな問題に直面しているということです。追い詰められていると言っても良いかもしれません。経済は失速寸前でアベノミクスの勢いは消えつつあります。時間稼ぎをしている間に進めておくべき抜本的な経済改革は、実は、あまり進んでいません。日本の発展を支えてきた外交上の外部構造も崩壊しつつあります。

 繰り返しますが、今回の合意は正しい方向だと思っています。そのやり方も、ある意味あっぱれです。支持率も上がるでしょう。他方で、本格政権には成し遂げるべきことの期待値も上昇するという代償があります。今回の合意に至る妥協は何のためのものだったのか、この支持率を何に使うのか。それが単に統治のためということでないと思いたい。そんな疑念が湧いてくるのです。

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