山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

日中韓首脳会談と東アジアの未来(1)

悲観論と楽観論が共存する東アジア

我々は時代の転換点に立っています。東アジアの未来には楽観論と悲観論が並び立って存在しているからです。楽観論の核心には経済の相互依存が深まっていく姿があります。関係国間に共通の利害の基盤が育っていき、相互利益が相互理解へと高まっていくシナリオです。そこでは、経済や政治の流れがその時々の出来事を通じて早いペースで変わっていくことでしょう。それは、凸凹とした、それでいて、活気に満ちた市場を中心とする世界です。

悲観論の中心には抜き差しならない勢力争いが横たわっています。中国の経済、政治、軍事のそれぞれの側面での伸張が、国際社会に対して緊張感をもたらしていくシナリオです。国際的な不信と緊張関係は、やがて国内政治へと及び国内社会へと浸透していくことになるでしょう。物事の変化はゆっくりとしていて、各国が間合いを取り合いながら、睨み合いを続けるような世界です。 実は、この双方が同時に進行するというのがアジアの未来ではないかと思います。楽観すべき理由と、悲観すべき理由とが、ともに高まる矛盾に満ちた可能性が存在していて、ものごとの進み方によってどちらにも大きく振れていってしまうような時代なのではないかと。転換の時代を生きる我々の責任は、それだけ重いということでもあろうと思います。

制約を抱えた日中韓の枠組み

そんな中で3年半ぶりの日中韓首脳会談が行われました。三カ国の首脳は、会議を開催できたことそのものに意義があると繰り返しました。それ以外に言いようがなかったということは置いておいて、その言葉は真実だろうと思います。

実は、日中韓という枠組みには当初から、やることに意味があるものでした。もともと、冷戦時代の陣営対立を抱えたアジアにおいて地域主義で先行したのは、ASEAN東南アジア諸国でした。ASEANの側が、地域の問題を話し合うためにも北東アジアの三カ国にも声掛けしようということで、ASEAN+3という枠組みが生まれ、まあ、日中韓三カ国でも何かやってみようかということでおっかなびっくり始まったのです。当然、当初から多くの制約を孕んでいました。

冷戦の緊張感が緩んだ世界にあって、東アジアには緊張関係が持続しています。米国とその同盟国が、潜在的に中国と対立するという構図です。この構図を重視する限りにおいて、日韓と中国の間には一定の緊張関係が生じざるを得ません。

この構造を中国側から見ると、東アジアにおける米国の同盟国にどうやって影響力を行使するかという課題設定となります。近年の中国外交は、韓国への影響力を増しつつあります。日本に対しては、中国の伸張を通じて日本の警戒心が強化され、米国の側に押しやっているというのが実態であろうと思います。

各国の国内政治において重要な歴史問題という要素もあります。中韓は、歴史を題材として特別の感情を抱いていますので、中韓が歴史問題で日本に対して共闘するという構図も生じています。

ですから、日中韓をめぐる国際政治上の構造が変化しない限り、しばらくは開催することに意義があるという会議であり続けるでしょう。本質的な意味はないけれど、開催することには一定の意味があるというのは、外交の世界以外ではあまり理解されない迂遠な位置づけですが、それこそが、楽観論と悲観論が両立しながら進んでいく東アジアの現実なのです。

日韓には関係改善のインセンティブが存在しない

そんな中、より注目されているのが初めてとなる安倍総理とパク・クネ大統領の間の首脳会談です。日韓首脳会談の開催をもって両国の関係正常化のきっかけにしたいという気運があるようですが、私は、望み薄なのではないかと思っています。というのも、日韓には両国関係を改善させるインセンティブが存在しないからです。

日本から見たとき、韓国との関係は長らく米国との関係や冷戦の変数でした。朝鮮戦争の勃発した時代、日本は依然占領下にありました。米軍の要望するままに物資を提供し、経済復興の端緒としたけれど、韓国と正面から向き合う気運はありませんでした。1965年の日韓国交回復の時も、アジアの同盟国間の関係正常化を望む米国の存在がありました。

ごく最近の日本は、韓国を中国の変数として認識しつつあります。韓国は、経済面で加速度的に中国への依存を強めています。北朝鮮に対して、唯一多少は影響力がある中国に対して気を使っており、もはや米国の同盟国とは思えないような態度をとることさえあります。懸案となっている歴史問題においても、日中関係の浮き沈みに合わせてくる感がでてきました。

韓国側は、日本を米国の変数と見ています。かつて、韓国経済が日本経済に依存していた頃には、保守派を中心に日本との独自の関係を築こうという気運が存在しましたが、今や遠い昔のことです。韓国にとっては、米中間のバランスに腐心することはあっても、日本との関係を重視する向きはほとんど存在せず、一方で、親日のレッテルを張られるリスクはかつてなく高い。韓国のリーダーにとって対日関係は、リスクばかり存在してメリットのほとんどない関係となってしまったのです。  両国の経済関係の構造も、両国関係の改善気運が高まらない原因となっています。日韓の貿易は中国や米国と比較した場合に、最終消費財よりも工業製品などの中間財の比重が高くなっています。国民感情の問題と「鶏と卵」の関係にはあるのだけれど、ソニーのテレビもトヨタの車も韓国では全く売れないのです。それは、日本でサムソンのテレビやヒュンダイの自動車が売れないのと同じです。

日韓は隣国でありながら、互いを他国の変数と位置づけて関係を構築してきたわけです。もちろん、両国関係をより真摯なものにするために努力した政治家も存在しました。日本でいけば、中曽根元総理が際立っていました。独自外交の一環として韓国との関係改善を重視し、経済関係も深まりました。韓国でいえば金大中大統領でしょう。北朝鮮に対して融和的な太陽政策を推進することは、米国との緊張関係を孕んでいましたから、日本との関係を重視する事情もありました。日本の国会で演説して歴史問題にも一線を引きました。

今日の日韓政界において両国関係において汗をかこうという気運は希薄です。韓国側の対日世論が厳しいのは昔からですが、日本の対韓世論もずいぶん悪化しました。だから、首脳会談が開催されたからと言って多くを期待すべきではないでしょう。国際政治の構造上も、世論にも支えられていないのだから、進展のしようがないと理解すべきです。

日韓関係は短期的には改善せずに、現在のギクシャクした状況が継続するでしょう。それは、楽観論と悲観論が共存する限り、やむを得ないことなのです。

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