山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

米大統領選の構図はヒラリー対ルビオ

戦いの構図はヒラリー vs ルビオ

米国の大統領選挙が新しい局面を迎えています。本選挙は2016年11月ですから、まだまだ1年以上続くわけで、今後も様々なドラマがあるでしょうが、民主・共和両党において一定の構図が見えてきたということです。

まず、民主党側では、バイデン副大統領が立候補を見送ると表明しました。このことによって、ヒラリー氏の指名獲得の可能性がグッと高まりました。先般行われた第一回の討論会でも同氏が圧勝しました。何せ、相手は米国で社会主義者を自称するというサンダース候補と知名度ねらいの何人かの小物の候補達です。今後、民主党が懸念するのは、ヒラリー氏がオバマ大統領とどのような距離感を取るかということと、同氏の圧勝に伴って、党としての盛り上がりに欠けてしまうということでしょう。

共和党内は、相変わらずの混戦模様です。2回の討論会を通じて、今後の展開のいくぶんかが明らかになったのではないでしょうか。まず、トランプ氏の勢いが止まったことでしょう。いまだに多くの世論調査ではトップを走っていますが、カーソン候補やフィオリーナ候補などの非政治家候補と支持を分け合っています。有権者の批判票の受け皿が多様化したということです。今後、政治に対する批判票がどのように推移するかは読み切れないところがありますが、早晩失速する可能性が高いのではないでしょうか。米国政治では、アウトサイダーにも一定のチャンスがあるけれど、カリフォルニア州知事であったレーガン程度のアウトサイダーです。共和党の議会関係者やロビイストが政治経験ゼロの人間をヒラリーに当てて勝てるとは考えないだろう思います。

そうするとプロの側の候補者のうち、誰に勝ち目があるのかという観点が大事になってきます。これまでの展開から明らかなのは、本命と思われていたジェブ・ブッシュ候補は手堅いけれど、盛り上がりに欠けるということです。いまだ、選挙資金の面で圧倒的な強みを有しているようですが、後援者が離れ始めたら転落は早いのではないでしょうか。共和党の保守派から人気の高かったウォーカー候補は資金難に陥って早々と脱落を宣言しました。クルーズ候補、ポール候補などの元気な候補はいますが、いまのところ賑やかしの域を出ていないように思います。

その中で頭角を現しているのがフロリダ州の上院議員のルビオ候補です。まず、44歳という年齢は主要候補の中で一番若い。これは、就任時には69歳になるヒラリーに対抗する上で大きな強みになります。政策的には、保守系のポジショニングを取っていますが、経済界寄りのエスタブリッシュメントにも、社会保守の福音派にも受け入れられる要素を持っています。キューバ系の移民二世として、ヒスパニック系でありながら十分にエリートであるのも強みです。しかし、何より私が注目するのは選挙期間中を通じて彼が成長していることです。米大統領選挙のようなサバイバルレースを戦う上では、この要素は大きな強みとなるでしょう。

政界は一寸先は闇ですから、今後の選挙戦の構図を予想するのは水晶玉をのぞき込むようなものですが、ヒラリー対ルビオの構図が出来上がりつつあるのではないでしょうか。

ただ、米大統領選挙は、どの候補者が優勢で、どんな主張をしているかということだけを追っていても表層的な理解にしか到達しません。細かく理解しようと思えばどんどん複雑になってしまうのですが、本日は、3つの重要の視点を取り上げたいと思います。

第一は、米大統領選挙は党の指名争いと本選挙との二段構えの戦いであるということ。第二は、それが州別のミクロの戦いの集合体であるということ。第三は、それがプロとアマの支持獲得が絡み合う戦いであるということです。

党の指名と国民の選択

大統領選挙では、民主・共和両党の候補者に指名されるための争いがあり、その後に、本選挙において国民の選択を受けます。この二段構造の重要性は、党の指名をめぐる争いと、国民に選択をめぐる争いは別の戦いであり、別の能力を求められるということです。党の指名も本選挙も、一人の当選者を出すための小選挙区の争いですから、一般には、それぞれの有権者集団の政治的志向の中心をめぐる争いとなります。そして、当然のことながら、党員と国民の政策的中心は異なってくるということです。

この構造が特に重要となっているのが、多くの候補者による乱戦状態となっている共和党においてです。近年の共和党は、相当程度異なる政策志向を持つ集団の集合体となっています。主な陣営だけでも、米国の経済的興隆を重視し小さな政府を志向するエスタブリッシュメント派、伝統的な白人キリスト教的価値観の重視する福音派、小さな政府志向がさらに強く政治的妥協を嫌う茶会派などです。彼らに共通する政策は、強い国防と、オバマ政権への嫌悪感くらいです。これらの多様な集団の支持を得なければ党の指名は得られない一方で、これらの集団によりかかりすぎると本選挙で足をすくわれます。

事態をさらに複雑にしているのが大統領選と同時に行われる上下両院の議会選挙です。議会選挙と大統領選挙は相互に影響し合う関係にあります。大統領が当選した暁にも、どのような議会と対峙するかによってどのくらい政策を推し進めることができるかが決まってきます。

近年の米議会の特徴は、予算を握っている下院での共和党の優勢であり、この優勢は2016年の選挙においても揺らがないと思われています。近年の共和党の優勢を支えているのは福音派や茶会派の勢力であり、共和党内の力関係も変化しているのです。

日本では、一般に共和党の大統領の方が同盟重視で与しやすいと理解されているようですが、それは、あくまでこれまでのエスタブリッシュ派の候補の話でしょう。福音派、茶会派の影響が強い政権の下で外交政策がどうなるのか、対日政策がどうなるのかについては未知数なのです。

州ごとのミクロの戦いの集合体

米大統領選の二つ目の特徴は、州ごとのミクロの戦いの集合体であるということです。日本の報道では、候補者の全国での支持率が話題となりますが、実はこの数値はほとんど意味がありません。よく言って参考値程度のものです。戦いは、各州の局地戦であり、場合によっては州内の都市や郡をめぐる微細な局地戦なのです。

どうして局地戦が重要になるかというと、米大統領選挙が州ごとの選挙結果によって、州人口に応じて割り振られた選挙人を得る、という仕組みになっているからです。連邦制の特性をよく表しているこの制度が重要なのは、州単位で見る限りいわゆる勝者総取り方式となることです。結果として、州ごとの微妙な勝敗が全国レベルで大きな流れを作り出す可能性があります。全国的な支持率やトレンドとは別の次元で、局地戦の優劣が重要になるのはそういう制度だからなのです。

この傾向が近年のイデオロギー対立の激化によって加速しています。上記の図では、2000年以降の4つの大統領選挙における州ごとの勝敗パターンによって各州を色分けしています。4つの選挙すべてにおいて共和党候補が勝った州を赤色に、4つの選挙すべてにおいて民主党候補が勝った州を青色に塗ってあります。近年の米国は、左右のイデオロギー対立が深刻化すると同時に固定化しており、共和支持州(レッドステート)と民主支持州(ブルーステート)に明確に分かれる状況にあります。誰が大統領候補となろうとも、民主党候補がレッドステートで勝つことも、共和党候補がブルーステートで勝つことも不可能になりつつあるのです。

そして、過去4回の選挙で共和/民主の候補が勝敗を分けた州を紫色に塗っています。これらの州は、スイングステート、あるいはパープルステートと呼ばれます。今回の選挙においても、実は、これらの10州程度の激戦州が鍵を握っています。

大統領選の帰趨を知る上でも、一般に米国理解を深めるためにも、これらのパープルステートとの関係構築が重要です。共和党の有力候補にオハイオ州(ケーシック知事)やフロリダ州(ルビオ上院議員、ブッシュ元知事)など、典型的なパープルステートを地盤とする候補者が多いのは決して偶然ではありません。

日本との関係で注意すべきは、日本の米国理解がブルーステートに極端に偏っていることです。日本で米国通と目されている識者やエリートが行う解説のほとんどは、ニューヨーク州カリフォルニア州マサチューセッツ州など、米国全体からすると典型的なブルーステートでの経験に基づいています。日系企業が南西部のレッドステートに立地されるようになって多少は改善したものの、今でも大学人やジャーナリストの米国観はブルーステート寄りです。それでは、米国の半分しか理解したことになりません。

プロとアマの支持をめぐる戦い

米大統領選の特徴の第三は、それがプロとアマの支持をめぐる戦いであり、両者が複雑に絡み合っているということです。プロの支持とは、連邦議会や地方議会の議員、業界団体、ロビイスト、政策スタッフ候補、メディアなどに集団における支持のことを言っています。彼らの支持が大事なのは、それが選挙資金集め、政策づくり、メディアへの取り上げられ方に直接的に効いてくるからであり、当選した暁にも公職に就く者の顔ぶれや議会との関係に現れてくるからです。

他方で、米国は大衆デモクラシーの国であり、大統領選はエリートの支持だけでは勝ち抜けません。世界中のどの国の選挙と比較しても、政治とメディアが混然一体となった激しい選挙戦を通じて大衆の支持を得なければなりません。演説やディベートの能力が試され、細かいレベルでの政策の知見が試されます。このサバイバルレースを勝ち抜き、その過程で成長した者が大統領職を手にするわけです。

特に「アウトサイダーとしてワシントンに乗り込んでいく」というストーリーを掲げる候補はこの傾向が強く、過去のレーガンクリントンオバマ等の各大統領はいずれも抜きんでたコミュニケーション能力の持ち主でした。

今回の大統領選の大きな特徴は、共和党内の指名争いで大きな存在感を示すトランプ氏等の非政治家候補の健闘でしょう。億万長者で歯に気に着せぬ言動で喝采を浴びるトランプ氏や、不遇な環境で育ちながら世界的な医療専門家となったカーソン氏の存在は、共和党のプロ達にとっては苦々しいものです。まずもって、自分たちの言うことを全く聞かないし、全米に広がるオバマ疲れに水を差す波乱要因だからです。彼らが、共和党の指名を獲得したとして本選挙で勝てる見込みはほとんど立ちません。

しかし、米国政治と米国社会を理解する上では、彼らの存在は大変参考になる。トランプ氏の発するメッセージは、米国のアマチュアが表明してこなかった「本音」として理解できるからです。発せられているのは、国内的には、腐敗した職業政治家が中間層の利益をないがしろにしているという中道受けする世界観であり、対外的には、アメリカは最強の国家であるのに無能な指導者のせいで苦しい立場にある、というメッセージです。アメリカという国家の運命について、長期的な楽観論と短期的な悲観論が組み合わされているのです。事実を冷静に見つめれば、本当はその逆であることがすぐにわかるのですが。

米国は先進国経済の中でも際立って勢いがあり、成長を続けています。景気の過熱を防ぐために「利上げ」が検討されているほどです。先進国ではほとんど唯一健全に人口増が見込めています。労働者の生産性は高く、情報、ヘルスケア、エネルギー、航空/宇宙など、21世紀のリーディング産業において圧倒的な競争力を有しています。短期的に米国の国力は非常に堅調です。

対して、長期的にはその存在感は縮小していかざるを得ない。かつてのように世界の富の多くを算出し、世界の経済や軍事の両面で圧倒的な存在であった時代は過ぎ去ろうとしています。特に中国との覇権争いは、冷戦崩壊後の米国にとって、もっとも激しい局面を迎えつつあります。

トランプ氏の日本に対するコメントは興味深いものです。同氏の選挙戦にとって、対日政策の重要性は極めて低いだろうと思いますが、そこにはデフォルメされた米国大衆の本音が表現されています。煎じ詰めると、経済分野にでは米国の国益をより直接的に追求するものであり、安全保障分野では同盟国の責任分担を拡大するものです。良きにつけ悪しきにつけ、同盟国としての特別扱いは許さない、というものでしょうか。

多様性+競争=活力

米大統領選とは米国政治最大のお祭り騒ぎです。選挙戦の最中にどのような議論が戦わされたか、選挙戦の最中にどのような外的な影響があったかが新政権が向かう方向に影響します。世界に影響を与える戦いは続き、米国民同様、世界中がそれに振り回される日々が続きます。

私が大統領選挙を観察して感じるのはやっぱり米国の強さです。それは、多様性と競争の両立ということだろうと思います。日本を含む世界中で、米国が嫌い、競争が嫌いという方の多くは、競争社会とは圧倒的多数の敗者を生み、それ故に悪だということを主張されます。しかし、その前提は、人々が同質の競争を強いられているという偏ったイメージに基づいています。日本社会の例で言えば、一定の枠をめぐって争われる受験競争や就職活動のイメージです。しかし実際には、多様性が担保されず、同質の競争だけが行われる空間は本当の競争ではないのです。

多様性と競争が両立し、活力が維持される米国の本当の強みは、競争が同質的でないところにあります。それぞれが自らの能力に応じて、別々の方向に向かって勝手に競争しているのです。多くの場合、それは競争と意識されるものですらありません。翻って、日本社会の方が、ある面においては、米国よりよほど競争が意識される社会で、競争も画一的です。ときに日本こそ敗者に対して残酷であると感じることもありますが、その辺りに原因があるのだと思います。

経済的な統計は、近年の米国において貧富の差が拡大していることを示しています。米国には、他の先進国にない圧倒的な格差が存在し、国民のある層に言い表しがたい絶望感が漂っているのは事実です。今回の大統領選で、格差の問題が最重要の論点となっているのもそのためです。

それでもなお、そこには希望があります。社会に活力を取り戻すためにも、デフレを脱却するためにも、経済を成長させるためにも、最善の方策は多様性と競争の組み合わせなのです。

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