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山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

政治家と官僚と軍人

 

 安全保障法制の議論が活発化してきています。昨年夏の閣議決定を踏まえ、安全保障に関する法的枠組みを整備する中で多様な論点が浮上し、国会や与党協議が続いています。中東やウクライナ情勢の混乱に加え、東アジアの安全保障環境の不透明感が高まる中で、確かに日本の安全保障政策は岐路に立っています。そんな中、防衛省における政治家と官僚と軍人の関係を再定義する、文官統制の変更が注目を集めています。本日は、このテーマについて考えたいと思います。

 文官統制という論点自体、実は非常に難しい論点です。これまでのメディアの取り上げ方の多くは、憲法文民規定の解釈をめぐる法律論であり、文民統制の一部を形成していた文官統制がなし崩し的に変更されることを懸念するというもののようです。これは、安全保障政策を法律論で解こうとする日本の伝統的アプローチです。

 しかし、憲法解釈を中心とする戦後秩序からのあらゆる逸脱が悪であると予め定義するならば、そもそも生産的な議論など期待できないでしょう。現在進められている政策変更の意味を正しく理解するには、平和と民主主義の関係を規定する政軍関係の論点、政治家と官僚の関係を規定する政官関係の論点、そして、背広組(内局官僚)と制服組との関係という歴史的に形成された日本独特の論点があるからです。

 まず、政軍関係について。こちらは私の最初の単著である『シビリアンの戦争』でも詳しく論じましたが、簡単に言うと、安全保障(軍による安全)と民主主義(軍からの安全)をどのように両立させるかという問題意識から出ています。19世紀後半以降、政治と軍の権力基盤が分離するにしたがって(つまり軍が貴族の一部をなす身分制ではなくプロの軍隊となるに従って)政治がどのように軍をコントロールするかが重要になってきます。軍を民主的に統制するために確立されたのがシビリアン・コントロールの原則であり、今日でも政軍関係を考える際の重要な軸になっています。

 20世紀を通じ、シビリアン・コントロールは各国に浸透し、先進民主主義国においては、あからさまな軍の反抗やその究極の形であるクーデターの懸念はなくなりました。クーデターの懸念がなくなったからといって政軍関係が重要でなくなったかというと、実はそうではありません。シビリアン・コントロールがあるか、ないかという大雑把な論点からもう少し細かい実務的な点に焦点が移ったのです。それは、そもそもの軍事政策や作戦はどのように意思決定されるべきかということであり、実際の軍事オペレーションにおける軍や現場への委任の程度はどの程度であるべきか、などの論点です。冷戦中は、軍事上の細かい判断が核戦争に繋がってしまうリスクがありましたから、可能な限り細かく政治が軍をコントロールしたいという欲求がありました。

 冷戦が終結すると、核戦争の恐怖とそれに伴う緊張感が崩れます。冷戦後の現在、世界における平和を考えるうえで重要な論点が、軍をコントロールするシビリアン(文民)の政治家や国民は、戦争のコストをどのように認識しているのかという点です。歴史的には、民主国家では政策決定に責任を負うシビリアンの方がしばしば好戦的であったという事実があり、シビリアン・コントロールの度合が高まるほど、かえって平和が損なわれてしまうという懸念があるのです。

 政軍関係を検討するに際には、この辺りまでを射程に入れなければなりません。現代における政軍関係は、一国の安全保障を確保するということに加えて、無駄な戦争をしないという意味も含めて平和と直接つながっており、平和と民主主義を両立させることが目的となるのです。足下の日本の状況に引き付けて考える場合も、この、平和と民主主義を両立させる最善の方法は何かという根っこの原則に立ち返って考える必要があります。

 いわゆる『文官統制』が外れた場合においても、自衛隊の統率は文民である防衛大臣によって行われ、最高指揮権者は内閣総理大臣です。自衛隊という軍隊への民主的コントロールはいささかも揺らぎません。むしろ、実際には民主的コントロールは特定の分野でかなり高まると考えるべきでしょう。中谷防衛大臣は、法改正によりむしろシビリアン・コントロールは強まるのだと発言していますが、これはサミュエル・P・ハンチントンの伝統的政軍関係モデル(『軍人と国家』を参照)を念頭に置いているのだと思われます。

 制服組の行動を背広組の文官が管理し、それを政治家である防衛大臣がコントロールする状態は「垂直統合型」のコントロールです。この場合、指揮権を有する大臣に上がってくる政策の選択肢は基本的に一つです。単純化して言うと、大臣が行える意思決定は、現場の政策を肯定するか、否定するかの二者択一でしかありません。対して、文官統制が外れた後には、制服組が上げてくる政策に加え、文官からも別の政策を上げる可能性が出てきます。その場合、大臣には制服組のA案と背広組のB案を比較することが可能になり、その中から、両者を取り合わせたC案を提起することも可能になるのです。以上は、もちろん単純化した議論ではあるのですが、一般に、「均衡型」の政策決定の方が政策の民主的統制は高まるのです。

 この点は、実は二つ目の政官関係に繋がる日本政治における普遍的な論点です。日本政治は、過去20年にわたって政官関係を見直し、政治家や総理大臣のリーダーシップを強化する改革を続けてきました。それは、官僚機構において、国会において、そして、政党において同時進行した諸改革です。90年代中盤には、省庁が再編成され内閣官房内閣府の権限が強化されました。副大臣や政務官など、より多くの政治家が省庁において官僚を統率する役割を与えられます。それに呼応する形で、国会においても答弁の在り方を中心に政治家のコントロールが強化されました。政党においても、小選挙区制の導入によって執行部と総裁の権限が強化され、官僚が一部の族議員と結託して官邸に反抗する力が削がれていきます。

 文官統制の変更においても、日本政治が求めてきた、政治家による政策の実質的なコントロールの強化という多くの政策分野に共通する力学が存在するのです。もちろん、政治家への実質的な権限の集中は、政治家の責任を伴います。国家の主権と国民の生命を預かる防衛政策における責任は一段と重いということはあるでしょう。実際の政治家には軍事政策を判断するだけの力量があるのか、という懸念は足下の現実を踏まえれば、もっともな不安です。スキャンダルが持ち上がるたびにころころと変わってしまう大臣、政治家の側に立って大臣の意思決定をサポートする優秀なスタッフ機能の欠落は、各分野共通で日本の政官関係が抱える課題です。古くから論じられている点ですが、さらなる取組みが必要でしょう。

 三点目の背広組と制服組との関係については、戦後の安全保障政策における歴史的経緯に基づく極めて日本的な論点です。日本の再軍備は、戦前の軍の暴走の反省に立って旧軍の関係者を可能な限り排除するという目的とともに、軍事という極めて専門的な分野においては旧軍の関係者の知見が不可欠であったという現実があり、両者をバランスさせながら進みます。

 加えて、軍事に対してしばしばアレルギー反応を示す世論を意識する中で、日本独自のさまざまな『歯止め』が考案されていきます。それは、防衛費のGDP比1%枠であったり、具体的な装備における制約であったり、部隊運用の制約であったり、武器輸出に関わる方針であったりします。それらの歯止めの多くは、軍事政策上は合理性を欠くものであったわけですが、冷戦の厳しい軍事的圧力を受けていたのが、実際には、自衛隊ではなく米軍であったから可能になったものでした。元来が、安全保障の発想ではなく、国内政治や世論対策の発想から生まれています。このような傾向は、現在に至るまで継続しており、直近の与党協議にも同じ構造が存在します。

 このような、歯止めに関わる政策の執行と管理を担ったのが背広組の官僚達でした。言葉を選ばずに言えば、背広組による制服組の統治は、防衛とは異なる目的でする植民地統治という側面があったのです。当然、制服組には形容し難いルサンチマン(≒怨恨)が蓄積していきました。

 しかし、このような構図も防衛分野に特異な現象ではありません。厚生労働省国土交通省においても、文官と技官の権力争いがあるのは周知の事実です。弱い立場におかれた職種や組織は、統治に反抗する場合もあれば、統治を部分的に受け入れつつ自らの裁量を確保する領域の確立、すなわち独立王国の形成を目指します。そのような例は、医療行政にも、薬事行政にも、建設行政にも見られます。多少、防衛分野に特殊性があるとすれば、長らく防衛『庁』として格下扱いされ、大蔵官僚による二重の植民地統治がなされていたということでしょうか。

 直近の、文官統制の見直しには、長らく不当に虐げられてきたと感じている制服組による巻き返しという側面があります。彼らのルサンチマンにはもっともな部分があり、自民党の中でも受け入れられつつあります。政軍関係や政官関係の観点から、安全保障政策をめぐる権限を集約していきたい官邸の思惑とも一致したわけです。

 これまでの諸点をまとめましょう。まず、政軍関係の観点から今回の改革に特段の問題があるとは思えません。むしろ、やりようによっては防衛政策の民主的コントロールを高め、平和と民主主義の両立という政策目標をレベルアップできるかもしれません。他方、政官関係の観点からは、依然として課題が多いと考えるべきです。日本政治及び具体的な政治家の多くは重要な政策分野における長期的な責任を担うだけの能力を持たず、それを制度的に担保する体制整備も十分ではないからです。背広組と制服組との組織的な権力関係の観点からは、そこにおける構造の多くがもはや時代遅れとなった歴史的経緯に起源をもつものである以上、それを変化させていくことは時代の要請であり、必然的な流れなのだろうと思っています。

 次回は、今般の組織改革の方向性を前提として、それを機能させていくためのよりソフトの面や政策文化にまで視点を広げて考えてみたいと思います。

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昼下がりの兵士@Paris