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山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

日本の選挙区の構造について(2)

選挙区分析のポイント

 日本の選挙区の構造を通じて政治について考えるシリーズの2回目、本日はもう少し未来志向で選挙区の分析を通じて見えてくる日本政治への意味合いについて考えたいと思います。

 前回のポイントはこうです。衆議院選挙の帰趨を制するのは小選挙区での勝敗であり、その小選挙区は5つの特徴的なグループに分類できます。小選挙区の295議席のうち、ざっくり言うと都市型と農業型がそれぞれ2割強、両者のハイブリッドの郊外型が5割、そして工業型とリベラル型を足して残りの1割という分類です。そのうち、イデオロギー上の立ち位置として、リベラル寄りでも勝てるのは都市型、工業型、リベラル型と、議席数でいうと全体の3割でしかありません。残りの7割を占める農村型と郊外型において、一時の風ではなく、安定的に勝利するには、保守的寄りの有権者にも受け入れ可能なバランスのとれた中道寄りの候補者でないといけないというわけです。

 日本の政治において、小選挙区制の導入から20年以上経っているにもかかわらず、野党が風でしか勝てないのは以上のような選挙区の現実と向き合ってこなかった結果です。これは、単純なようでいて根深い問題です。まずは、民主党から見ていきましょう。

民主党についての意味合い

 民主党には、自民党出身で、長年かけて築きあげたパーソナルボートを持っている例外的な幹部を除くと、概ね下記の3つのタイプがいます。

(1)工業型やリベラル型の選挙区を持つ人。

(2)農村型や郊外型でパーソナルボートを築き上げるに至った人。

(3)当落ラインぎりぎりで風頼みの人(小選挙区で負けても比例での復活ねらい)

 すべてのケースであてはまるわけではありませんが、それぞれのタイプの政策的な選好を言うと、当然、(1)のタイプはリベラルな主張を展開することが多いわけです。選挙区の志向を反映しているわけですから当然でしょう。

 次に、(2)のタイプは選挙区の有権者の多様な意見を統合する過程で、政策がイデオロギー上の中心線に寄ってきます。本人が保守とまでは言えるほどではないにせよ、保守的な有権者に嫌悪感をもたらすような方は淘汰され、より広い層に受け入れ可能な中道から保守寄りの政策を掲げるようになるのです。

 難しいのが(3)のタイプです。この層は、選挙区が安定していないので選挙ごとに候補者が入れ替わることも珍しくありません。結果として、どのようなタイプが候補者となるかが時の執行部の好みを強く反映するようになります。ここに民主党の悲劇がありました。

 毀誉褒貶はあるにせよ、2009年に民主党政権交代を果たした原動力には、小沢氏の勝負師としてのリアリズムがあったことは否定しにくいでしょう。小沢氏の地元活動重視、どぶ板重視は有名ですが、自身が典型的な農業型の選挙区を持ち、田中角栄元総理に手ほどきを受けた政治家としてパーソナルボートを築き上げることの重要性を理解していたのだと思います。小沢氏は、(3)の候補者達に地元での活動をさせることで一人でも多くの(2)の議員を育てようとしたのだと思います。ただ、彼が間違っていたのが候補者の人選です。

 小沢氏は日本の主要な政治家の中で圧倒的に反エリート感情が強く、反知性主義と言ってもいいくらいの方です。国民や有権者が求めるものをそのように捉えていたのでしょうし、自分の言うことを聞く兵隊を欲していたということと両方あるのでしょう。いずれにせよ、候補者選定に際して、自民党の元総理にバスガイドをぶつけるというアプローチは、選挙エンターテイメントとしては確かに盛り上がるし、効果があるのは否めません。しかし、それは持続する戦略ではありませんでした。日本の選挙の主戦場の主戦場である農業型や郊外型の選挙区における、地元のセンセイを長年かけて支えていくという有権者の感情に反するからです。保守的な傾向を有する有権者は、尊敬できる候補者でないと長期的な支持は与えないのです。

 時の執行部がリベラル寄りの場合には、その傾向が候補者選定にも影響します。リベラル寄りの幹部は、その選挙区に受け入れられそうな最適な候補者ではなく、自分の好みに合う候補者を選んでしまうからです。当然、そのような落下傘候補者は農村型や郊外型の選挙区の現実と合いません。地元の地方議員や首長と協力関係もなかなか築けず、むしろ肌合いの異なる支持者ばかりを集めてしまって、かえって地元社会との距離が開いてしまうという場合もあったようです。

 誤解なきようにしたいのは、民主党の(3)のタイプの候補者を全否定したいのではないということです。実際、自民党の2世/3世化が進行して人材発掘能力が著しく低下した90年代以降、特に霞が関から民主党に多くの有為の人材が流れました。彼らの多くが日の目を見ないのは、ただでさえ人材難のこの国にとって大きな損失だと思います。

 民主党が上昇局面にあったときは、以上のような構造もそれほど問題はありませんでした。(1)のリベラルなタイプと、(2)の中道寄りのタイプが拮抗していますので、(3)の人選もそれほど極端なことにはならないからです。問題は、民主党への支持が後退局面に入ると、相対的に安定した基盤を有する①のタイプの声が大きくなり、彼らが選ぶ(3)の候補者が左側に偏っていってしまうことです。風でしか受からない候補者ばかりが増え、地方組織という政党の足腰はいつまでたっても強く育ちません。今回の選挙では、時間がなかった結果として、民主党は地元の意思を重視する決定をしたようですが、現状の地方組織の意思には労組や社会党的な価値観の方が強く出た場合もあったようです。

 今回の選挙で多少議席を積み増したとしても、民主党はこの自縄自縛の真っただ中にいます。まさに、「流れを変える」必要があるのです。

維新の党についての意味合い

 さて、野党第二党の維新の方はどうでしょう。維新は、新しい政治現象ですので、現段階ではパーソナルボートを築き上げている候補者はほとんど存在しません。橋下大阪市長のカリスマと、大阪での維新が作り上げた反エリート主義、反官僚のカタルシスに依存している状況です。しかも、候補者は民主に輪をかけて玉石混交です。もちろん、それは新しい政治現象としてある程度しょうがないことでしょう。

 維新の候補者選定のプロセスは、組織としての基盤がないところから出発していますので、政治塾の生徒をはじめとする自ら手を挙げた人です。ここには、確かに有望な人もいます。日本の政治の現状に強い問題意識を持っている方々です。しかし、基盤はありません。今後、落選したとしても、資金や支持者が持続するかどうか心もとない方も多いでしょう。自民党によって席巻されている地元保守政界では陽の目を見ない方を候補者に仕立て上げているというパターンもあります。こちらの方は、陽の目を見ないもっともな理由がある場合も多いのでリスクを伴います。

 個別の候補者の資質という意味では民主党に輪をかけて不安のある維新ですが、イデオロギー上の立ち位置ということでいうと、農村型や郊外型の有権者に受け入れられやすい可能性を持っています。

 ここで示唆的なのは、維新が2012年の選挙において小選挙区で支持を集めたのは主に郊外型の選挙区においてであるという点です。ある程度風の影響を受け、かつ、本質的に保守的傾向を有する選挙区の特性に合っていたからでしょう。

 維新の躍進には、関西ナショナリズムとも言うべき地域アイデンティティーが効いているというのは確かです。2012年の選挙では、大阪ナショナリズムを体現する橋下代表のカリスマが及んでいる関西の選挙区では10万票近くとることもありました。しかし、関西以外でも多くの選挙区で4-5万票とっているのです。今回の選挙では、維新の苦戦が予想されています。実際に、小選挙区で勝利できる候補者は少ないかもしれません。しかし、前回同様、多くの選挙区で4-5万票とるのではないでしょうか。これは、反自民保守系票であり、今後育てていける票田のはずです。

 維新は、中央政界に橋頭保を築き、政党助成金ももらえるようになったわけですから、本格的に未来に向けた投資をすべきです。政党にとって唯一最大の投資は人材育成です。今後選んでいく候補者は、農村型と郊外型でパーソナルボートを築き上げられる人材を選ぶことです。選挙資金が出せるという基準で変な人を選ばずに、日本の政治エリートの供給源である官僚、地方議員、専門職、企業からしっかりとした人材を選ぶことです。そして、10年かけて育てる覚悟を持たないといけません。

まとめ

 以上をまとめるとこうです。日本の選挙の主戦場は小選挙区です。小選挙区の主戦場は、その7割を占める郊外型と農村型の選挙区であり、そこは保守的な有権者にも受け入れ可能な中道寄りの候補者でないと長期的安定したパーソナルボートは築き上げられません。日本にももちろんリベラルな有権者はいます。民主、共産、公明、社民、生活の比例代表の票を積み上げればそれなりの割合になります。しかし、小選挙区においては、リベラル寄りの主張で勝てる選挙区は、工業型、リベラル型と都市型の一部のせいぜい40-50程度です。比例代表と合わせても、100議席に乗れば御の字です。

 だからこそ、保守二大政党制以外にリアリティーがないのです。まず、民主党の中道寄りの方々と維新は何らかの形で大同団結する大義名分を見つける必要があるでしょう。その上で、民主党に残ったリベラル寄りの方々とも決裂しないことです。工業型やリベラル型、都市型の選挙区の一部に彼らの生きるスペースを残しておいた上で、とにかく郊外型と農村型の選挙区にフォーカスするのです。単独で過半数を取れなくても、中央で組めばいいでしょう。

 保守二大政党制にしかリアリティーがないというのは、リベラルな価値観の否定ではありません。リベラルな価値観を信じ、戦後リベラリズムが達成してきた成果を大切に思うからこそ、現実と向き合えないリベラル勢力の不甲斐なさが残念でならないのです。保守二大政党制はイデオロギーの問題ではありません。政治的なリアリズムの問題です。

 以上に申し上げたことが実現可能でないならば、自民党一党優位体制の下、自民党がリベラルな価値観の擁護者であることを期待するほかなくなります。さて、いよいよ明日は選挙です。次回は選挙結果を踏まえた分析を行いたいと思います。

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