山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

日本の選挙区の構造について

 新聞各社は選挙の終盤を迎え、自民党の300議席超えを予想しています。今回の選挙では、野党は本気で与党に挑戦していないわけだから、与党の勝利自体には新味はないでしょう。選挙の勝敗そのものが論点でなくなったことで、一部のメディアは選挙後の政治の展開に焦点を移し始めています。まあ、それも大事ですし、先走りたい気持ちはわかるのですが、今少し民主主義の最大の祭典である選挙としっかり向き合うべきではないでしょうか。

 山猫日記は、日本の政治評論を彩るイデオロギー対立のセンセーショナリズムと、人間模様中心の政界裏話と一線を画するべく努力してきました。本日は、各党の議席予想の数字を超えた、日本の選挙区の構造を深く掘り下げたいと思います。もちろん、それが意味することについて考えるということです。

 とはいえ、まずは生々しい議席予測からはじまましょう。各選挙区の過去の投票結果や、新聞各社の調査も参考にしているので、結果自体は一般的なものでしょう。私は、各党の獲得議席は図1のとおり予測しています。まあ、正確な獲得議席予想というのは、最後は星占いみたいなところがあり、プロの自己満足の世界があるのですが、おおよその傾向値をつかむことが重要です。

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自民(310)、公明(33)、民主(68)、維新(32)、共産(17)、次世代(3)、生活(2)、社民(2)、無所属(8)

 なぜ、このような結果となるのでしょうか。あまりに当たり前ですが、まず、気が付くのは小選挙区が圧倒的に重要であるということです。そもそも、90年代初頭の政治改革の趣旨は政権交代可能なシステムを作ることであり、それこそが小選挙区の役割です。比例代表は、少数政党への妥協の意味もあって導入された補完的な制度です。死票が少ない等々良い点も多いのですが、政党間で差が付きにくい制度でもあり、天下を分け目の戦いはあくまで小選挙区です。小選挙区における主要政党の予想獲得議席は、自民(229)、公明(9)、民主(31)、維新(13)、その他(13)と予想しています。

 これが、自民党の強さの源泉であり、野党の弱さの源泉でもあります。では、さらに掘り下げると、どうして自民党小選挙区で圧倒的に強いのでしょうか?小選挙区は勝者が一人ですから、選挙区の平均的な有権者に訴えかけられる候補者が有利になります。日本の選挙は、中選挙区時代の名残があって今でも個人の資質に応じて得票数が増減するパーソナルボートの影響が非常に大きい。有権者の大層から認知をされていて、幅広い層が共感可能な候補が強いのです。当選回数を重ねたベテランや、名前が認知されている二世/三世議員が強いのはそのためです。

 各選挙区の中で、大勢がほぼ決まっている選挙区と、接戦が続いている選挙区の割合を見てみましょう。図2で見るように、およそ半数の選挙区は接戦が続いています。「接戦」の定義は、予想される小選挙区の得票差がおおよそ30,000票以内と想定されることです。これは、有権者の1割が意見を変えれば勝敗がひっくり返る水準です。幹部の失言や、スキャンダルで一気に形勢が分からなくなる選挙区です。野党の議席獲得が予想されている選挙区はほとんどが接戦です。

 反対に、「磐石」な選挙区のほとんどは自民党議席獲得が予想されている選挙区です。自民党以外で盤石の選挙区を有するのは、民主党維新、次世代の自民党出身の幹部くらいです。野党からすると、この磐石の選挙区が増えてこない限り、どうしても風頼みの戦いしかできないわけです。

 ただし、自民党出身でないと、そもそも磐石な選挙区を築き上げられないのかというと、そんなこともなさそうです。民主党でも、野田前総理、前原元外相、細野元環境相などは盤石な選挙区を築いているように見えます。繰り返しますが、大事なのは幅広い層へのアピールです。知名度は同じくらいありながら苦戦が伝えられている海江田元経産相、枝野元官房長官、菅元総理の状況との対比が印象的です。この差の大きな部分はイデオロギーで説明できます。有権者イデオロギー分布の中心線からあまり左にずれてしまうと小選挙区で安定して支持を集めることができなくなるのです。現政権の批判的な雰囲気がつよくなるなど、いっとき風が吹くことはあっても安定した支持獲得が難しいのです。

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 以前私は、日本の地方では名望家のリーダーシップが未だに重要であり、彼らが本質的に保守である以上、そこで受け入れられるには保守である以外にリアリティーがないと申し上げました。この点を、もう少し丁寧にご説明したいと思います。多くの方は、素朴な感覚として都会か地方かなど、各選挙区が有している特質によって結果が違ってくると感じていることでしょう。無党派層が増えて、全体の6割に達しているという全国レベルの分析だけではいかにも大雑把な感じがします。

 本来、すべての政治はローカルです。295の選挙区にはそれぞれの歴史があり、ストーリーがあります。もちろん、個別の事情を超えた共通の性質はありますので、その点に着目して、日本の295の小選挙区をいくつかのタイプに分類して傾向を分析してみました。日本の小選挙区は、①都市型、②郊外型、③農村型、④工業型、そして、⑤リベラル型の5つのタイプに分けられます。一つ一つ見ていきましょう。

 第1の選挙区の型は都市型です。295の小選挙区の21%にあたる62選挙区が都市型です。各都道府県の県庁所在地の中心部である各県の1区や、札幌、東京、横浜、川崎、名古屋、大阪、名古屋、福岡などの大都市の中心部に位置します。都市型の選挙区の特徴は、いわゆる無党派層の比率が高く風の影響を大きく受けることです。もう一つ面白い特徴は、古くから都市化が進んでいる結果として、地域の基盤に占める商工業の割合が高く、教育水準が高い有権者の比率が高いということです。これは、無党派層のなかでもどちらかというとリベラル寄りの気質が強く出るという結果をもたらします。このような選挙区選出の議員には、自民党の議員も含めて、多少リベラル寄りであったり、メディア対応も洗練されていていわゆる目立つ方であったり、改革マインドが強い方が多いことにつながっています。菅官房長官(神奈川2区)、塩崎厚労相(愛媛1区)、岸田外相広島1区)などが良い例でしょうか。

 第2の型は農業型です。小選挙区全体の25%にあたる74議席が農業型です。多くの意味で、都市型とは対照的な性質を持っています。地域の基盤は農林水産業であり、無党派層の割合が比較的低く、政治的な風があまり吹きません。イデオロギー的には、本質的に保守的傾向を持っています。自民党の多くの有力議員が議席を有しており、安倍総理(山口4区)、麻生副総理(福岡8区)をはじめ、今回の選挙でも支持基盤がびくともしない小渕前経産相(群馬5区)などもそうです。

 野党でも、かつて自民党に在籍した有力議員の選挙区にはこのタイプが多く、小沢元民主党代表(岩手4区)や、羽田元総理の地盤を引き継いだ寺島氏(長野3区)などあります。余談ですが、小沢元民主党代表が個別農家へのばらまき政策をすすめたのはご自身が典型的な農業型選挙区の出身であり、ここを突くことが自民党優位を突き崩す上で重要であるという勝負勘が働いたのでしょう。

 第3の型は工業型です。小選挙区全体の4%にあたる12議席があてはまります。中京地域など、地域の産業に占める製造業の割合が高いエリアに集中して存在しています。工業型の選挙区では、組織労働者の割合が高く、当然、労働組合の力が強くなります。かつては社民・共産の影響力が強く、現在では民主党の影響力が強いエリアです。エリアの特性から無党派層は一定程度存在しますので風の影響は受けるのですが、それでも、組合の基礎票がものをいう選挙区であり、結果的に、経済的にも、社会的にもリベラルな場合が多くなります。

 第4の型は郊外型です。小選挙区全体の47%にあたる138議席が郊外型であり、一番多く存在するパターンです。郊外型は、言ってみればこれまで説明してきた都市型、農村型、工業型のミックスであり、それらの特徴を部分的に併せ持っています。当然、無党派層の割合は多く、政治的な影響を強く受けます。しかし、都市型と比較すると全体に保守的傾向が強い。これは、元来の地域の基盤が農業であったため、後から宅地化が進行したり、工場が立地されたりしても、地域の有力者に農業型のマインドが引き継がれているからというのが私の仮説です。今後、検証が必要なポイントですが、私が個人的に感覚を持つ地域ではこの傾向は明らかです。

 最後の、第5の型がリベラル型です。こちらは、全小選挙区の3%にあたる9議席が対象です。これらの多くは都市の中心部にあり、経済的に厳しい立場に置かれた有権者が多い選挙区です。他にも、基地の存在や歴史的な経緯からリベラルな主張が幅広くいきわたっている沖縄などに存在します。公明党小選挙区に候補者を擁立しているのも多くはこの型の選挙区ですが、公明党支持以外にも共産党社民党などの支持も高い傾向があります。政治的な風の影響は、弱いとまでは言い切れませんが、どちらかというと違う風が吹いていることが多いと言ってもいいかもしれません。

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 以上に申し上げた、5つの選挙区の型とその特徴をまとめたのが図3です。以上の説明からもわかると思いますが、農業型の選挙区では「接戦」の選挙区は3割にとどまっている(7割以上が磐石)のに対し、都市型では6割が接戦です。郊外型は、ハイブリットな性質のとおり、ここでも中間的な位置づけです。農業型や郊外型でパーソナルボートを得られる議員を養成できた政党は安定するのです。

 さらに面白いのは、選挙区タイプ別の各政党の獲得予想議席です。今回の選挙では、自民党は各選挙区で有しているパーソナルボートに加え、風も味方につけていますので都市型、農業型、郊外型から幅広い議席獲得が予想されています。対して、民主党はどうしても工業型の比率が高くなってきます。農業型や郊外型で議席獲得が予想されているのは、幅広い層に浸透することに成功した中道から保守的傾向の強い議員達です。ここに、選挙区の特徴から来る民主党の矛盾があるのです。

 明日は、このあたりを掘り下げて、野党再編の可能性を含む今後の日本政治への意味合いについて考えていきたいと思います。

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