山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

消費増税反対キャンペーンについて

 新内閣にとって、消費増税の判断は今年の秋以降の政治の流れを占う重要なイベントとなりそうです。増税合意の当事者だった谷垣幹事長の任命や最近の閣僚の発言を見る限り、予定通り増税することが政権の既定路線と思われます。増税判断も、そのための景気動向の見極めや、景気対策も併せて検討するということですので、そもそも増税が必要となった背景を考慮すれば常識的な判断でしょう。他方、安定多数を握る政権に対抗する争点を作り出すべく、野党や一部マスコミは増税反対を意図したキャンペーンを開始しています。年末に向けてどんどん盛り上がっていくものと思っていますが、少し掘り下げて考えてみたいと思います。

 そもそも、消費税は過去30年の日本政治の鬼門でした。消費税に直接関わった竹下、細川、橋本の各内閣はそれを引き金として退陣しました。消費増税は日本の民主主義の中で実現はできないということさえ常識になりかけていました。思うに、民主党政権政権交代の惨憺たる結果の中で評価できる数少ない点が、一時的にせよ、消費税を争点化せずに与野党合意に持ち込んだことです。本来なら、社会保障改革も併せて実現できればよかったのですが、社会保障分野に存在する原理主義的な発想と、それぞれの政党の中に存在する政略重視の発想によって阻まれてしまいました。野党は、そのせっかくの果実を、今また掘り返して政治的エネルギーの費消するのでしょうか。政権与党との対抗軸を見出したいのはわかりますが、その戦略は当を得ているのでしょうか。

 どうして消費税だけがそれほど特別な存在なのかというのは、評論家や政策当事者によって分析されつくされている感もあるのですが、私は、それが日本において、政治と経済を架橋する数少ない論点だからだと思っています。これは、国民から見て経済的な損得勘定の帰結が分かりやすいという意味であり、しかも、その意思決定を誰が下しているかという感覚が強いという意味で申し上げています。

 前提として、多くの日本人は実際の納税額に比して、課税意識が高くないということがあります。サラリーマンは税や社会保障関連の「広義の税金」*を源泉徴収で自動的に天引きされていて、給与明細をまざまざと見ない限り意識しません。まざまざと見ると気分が悪くなるのであまりお勧めしませんが。自営業者の多くは、個人と法人の財布の境目が柔軟ですので、両者にかかる税金を最小化するところに決算をもってくるように事業を経営します。給与所得者と比して、節税策もたくさんありますし、相当あこぎなことをしていない限り国税の怖い方々と対峙する必要もありません。

 対して、消費税は、課税意識が、日常的に強烈に実感される数少ない税目です。ましてや、年金生活者や主婦など支出増を収入増で補うという選択肢を持たない層にとって、とにかく消費税の実額が気になるというものです。

 しかも、消費税の5%なのか、10%なのかというのは、具体的に自分の富のどれだけが国家に召し上げられているかということが想像しやすい。反対に、多くの方々にとって、同じ価値のサービスを国家から受け取っていると感じることは難しいものです。結果的に、損得勘定が合わないと感じてしまう。もちろん、この感覚は合理的ではありません。所得税を消費税より多く払っている層は多いですし、多くの方は自動車を買った年はその関連の税金の方が高いものです。法人税だって企業が払う必要がなければ従業員や株主に還元されるのですから、考えようによっては消費税より法人税をもっと支払っている個人だっているのです。もちろん、誰もそんな風には考えません。

 言い古されたことですが、日本は、公共サービスのコストとベネフィットの関係を可能な限り国民から遠ざけてきました。毎月給与の10%近くを支払っている社会保険料の何割が自分や家族のためで、何割は高齢者の医療費のためなのかはほとんど語られません。支払った年金のどの程度が戻ってくるかは複雑な前提を置かないとそもそも計算できませんし、そのような計算が行われるようになったこと自体、比較的最近です。世代別の年金の損得を論じる言説が出回るようになると、厚労省はそもそも年金は「助け合い」なのであって損得の議論になじまないと言い出す始末です。自動車関連税と道路の関係だって、住民税とゴミ収集の関係だってほとんどの国民にとってはブラックボックスです。もちろん、政府の白書や広報には書いてありますし、日経新聞を仔細に読み解けばわかるのかもしれませんが、そんな能力や暇がある国民はほとんどいません。

 消費税のいま一つの特徴は、その増減について政治の現場でどういうプロセスで、誰が決めているかがいやらしいほどわかりやすいということです。社会保険料はここ数年で、ほとんど議論されずに数%上がっています。それらの値上げの原因となる、保険料と税金、現役と高齢者、国と地方などの負担割合について全体像を理解することは至難の業ですし、だれがどのような権限で決定しているのかはっきりしません。他の税目でも増減税の意思決定プロセスは、その業界なり、分野なりを追いかけてきた方でもない限り、はっきりしない方が通常です。消費税は違います。今回の8%から10%への消費増税は、総理が実施可否を判断すると安倍総理本人が仰っています。

 他の先進国の選挙演説や政治討論をご覧になった経験がある方はお分かりかと思いますが、日本政治には、政治と経済があたかも違う分野として扱われるという特徴があります。具体的には、日本では政治討論の場面に数字があまり登場しないということです。国会やテレビの与野党の論戦を見ていて、予算規模を何兆円にすべきであるとか、その中での社会保障費は何%にするべきかという議論はあまりお見受けしません。例外は、小泉政権時代の国債30兆円枠や、年金改革が現役所得の50%を目指したというような、政治の側が、人為的に数字の枠組みを設定した場合です。政治的に意味付けがされた数字の議論はあっても、全体感のある数字の議論はあまりないのです。国民生活に絶大な影響があるにもかかわらず、かつての不良債権問題や、貿易や投資協定の影響や、地方財政について数字をもって議論できるのは与野党ともに論客とされる数人だけです。政治討論番組で、大勢が勢ぞろいした与野党の論戦が終わった後に、おもむろに竹中平蔵氏が出てきて経済について語るというのはやはり少し変ではないでしょうか。

 そもそも国民生活の観点からすると、政治において最重要な分野が経済分野であり、経済政策を民主主義の中で実現することは政治そのものです。この事実を身をもって理解し、マネージする意思を持っている数少ない集団が財務省であり、それが、彼らのパワーの源泉です。とはいえ、政治と経済の架橋を一役所に頼ることは日本の民主主義にとって健全ではないでしょう。また、政治の側が数字の議論に不得手な結果として、特定の言説が正されずに定着してしまうのも良くありません。

 例えば、消費税の最大の問題は低所得者ほど負担率が高い逆進性だという言説がほぼ定着していますが、研究者の間では、分析の時間軸を広げればこの命題は正しくないことが分かっています。常識的な感覚としてもわかると思うのですが、ある人が生涯にわたって消費に回す所得の割合は所得水準とはあまり関係がありません。仮に消費に回さずに死亡時に資産となって残っているとすれば、それは消費税より税率の高い相続税に回るわけですから、消費税には、「累進性がない」とは言えても、逆進性があるとは言えないわけです。今後も、このような認識が正されることなく、軽減税率の議論が進んでいってしまうのでしょうか。

 また、消費税の増税分は社会保障に使うという政治決着をしたことで変なことになっています。消費税の増税分を社会保障に使う=社会保障給付は減額しない、という風にすり替わりつつあるということです。もちろん、安倍政権を攻撃する材料を手にしたい野党や、有権者からのプレッシャーを感じる与党内の懸念を踏まえて仕掛けられた論点です。これも、数字を使えばどのくらいナンセンスなのか明確なのですが。社会保障費の伸びを放置すれば、消費税は10%はおろか、20%でも足りないことは自明です。財務省や彼らと危機意識を共有する論客達は、そんな論点も提起していますが発信力に限界があって政治論争の中心になりません。あげくに、復興や国土強靭と名前を付けることで公共投資増をねらったりする動きすらある状況です。公共投資も、数字を見れば最優先の更新投資で精いっぱいで残りは一定額しかないことがわかるはずです。

 かつて、55年体制下で野党はみんな万年野党でしたので、全体像について語る必要はありませんでした。野党は、政権与党に甘え、自分達の支持層のために権益を「とってくる」ことで十分だったのです。程度の差はあれ、与党にとっても状況は類似していました。この国の権力の核心を担っているのは官僚機構であり、族議員は官僚に甘え、彼らから「とってくる」ことが役目だったからです。政権にも、官僚機構にも全体像を明らかにするインセンティブは乏しかったのかもしれません。その都度、特定の議員や、特定の地方にアメを与えるやり方の方が権力を誇示しやすかった。

 ここで、時代認識が大切になります。過去20年の間に日本政治も変化しました。小選挙区制の導入、橋本行革による省庁再編と官邸への権限集中、小泉内閣による官邸主導の政策決定、党首を前面に出した選挙を経た政権交代、のすべてを通じて官邸と総理の権力が強化されました。結果として官僚はかつてほど強くないし、もはや、この国の「オーナー」として権力を行使していません。改めて言葉にすると奇異に感じられるかもしれないですが、内閣と総理が、実際に国の舵取りを担っているのです。

 さて、消費増税の最大のリスクは景気の腰折れです。財務省が経済全体よりも財政の方を気にしているのは彼らのミッションだからしょうがないとしても、気になる点ではあります。それも、政権中枢がしっかり数字の議論をすれば回避できないでしょうか。消費増税による景気の下振れリスクは、GDP換算でどれくらいなのか。それをオフセットするための景気刺激策を打つとして、それぞれの対策のGDP押し上げ効果はどのくらいなのか、平場で語ったらいいでしょう。

 景気を押し上げるには、インプットを増やすか、生産性を上げるかしかありません。そのためには需要を創出して、とにかくお金を動かす必要があります。インプット増は、労働投入であれば女性と高齢者しかないわけですし、資本であれば企業の設備投資や海外からの投資ですので景気対策の柱は自ずと決まってきます。需要創出の方は、お金をもっている人が使いたくなるか、使わないと損になる状況を作ることです。

 個人の分野でお金を持っているのは中高齢者ですので、例えば、医療の分野で付加価値の高いサービスを提供することです。これも、考えれば当たり前ですが、医療関連の消費増を医療保険で補填しては財政が同時に悪化しますので、自由診療の部分を増やすということです。また、資産課税をいじって、遊休資産を動かすインセンティブを作るのも案でしょう。インフレにも同じ効果がありますので、黒田日銀には引き続き頑張っていただく必要があります。法人に対しては、税制を通じて今投資した方がお得という状況を作ることは難しくありません。外からお金を持ってくるという場合も、すべての先進国がすすめている政策ですので、何がどのくらい効果があるかはほとんど出そろっています。

 何が言いたいかというと、日本は過去20年間ずっと景気対策をやっていますので、具体案はいくらでもあるということです。ないのは、対策の優先順位づけと定量的な管理です。悲しいのは、この程度のことは、それなりのコンサルタントエコノミストを雇えば数週間で作れるということです。一つ提案ですが、責任野党というからには、政党助成金もありますし、筋の良い元財務官僚でも雇って対案作りをしてみてはいかがでしょう。安倍政権に建設的な論戦を挑むきっかけになるでしょうし、日本の民主主義を深化させることにつながることにもなるはずです。

*本稿では、税金も社会保険料も「広義の税金」として議論しています。専門家の方々には乱暴であるとお叱りを受けそうですが、そもそも社会保険に税金が相当投入されている現状、将来的な制度変更の可能性、個人から見た支払い拒否の不可能性、等の観点から政治的には実質的に区別して論じる理由がないという判断に基づいています。