山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

政権の偉業と開かれた保守―外交政策

 政権の偉業とは何かについて考えるシリーズ第三弾、「開かれた保守」をキーワードに今日は外交政策について考えたいと思います。前回からだいぶ時間があいてしまったのでこれまでの議論をおさらいします。第一弾では、安倍政権では、実は経済改革がどんどん進んでいるにもかかわらず、それが見えにくい構造があり、過小評価されている状況について指摘しました。第二弾では、そもそも歴史的偉業とはその国に存在する「くびき」を乗り越えることであるとしたうえで、安倍政権が開かれた保守の政権となるためには、表層的な国民の一体感の向こう側にある真の弱者に手を差し伸べるべきとしました。

 そして、安倍政権外交政策について評価する上でも、開かれた保守という概念が重要だと思っています。通常、この言葉が外交政策の文脈で使われる場合には、内向きのイデオロギーではなく、国際社会に目を向けたより普遍主義的な政策を志向すべきという含意があります。そのような考え方は、基本的には本稿の信じるところでもあるのですが、そこに現代という時代認識を重ね合わせることでもう少し具体的な意味合いが付与されるものと思っております。

 これまでも、いろいろな形で申し上げてきたとおり、2010年代の東アジアというのは、過去70年間にわたってこの地域に秩序を提供していた米国がその相対的な能力を後退させていくという時代です。この後退は、金融危機以後の経済力の相対的低迷と、10年以上に及ぶ中東の戦争で国力を消耗したことによっています。しかし、より重要なのは帝国であると同時に民主主義国である米国が自らの判断として主導的地位に伴う行動原理を少しずつ変化させていく過程にあるということです。この傾向は、巷で言われているようにオバマ政権になって以降特に顕著です。オバマ政権は、外交よりも国内政治の、行動よりもレトリックへの関心の高い政権として際立ってはいますが、米国の変化はもっと構造的であると理解するべきです。仮に、帝国の延命に積極的な政権が1代か2代続いたところで10年後には同じところに着地しているでしょう。

 さて、米国が後退していく東アジアにおいて開かれた保守であるということはどういうことでしょうか。それは一言で申し上げると、世界の問題について自分の頭で考え、自分の心で共感すること。米国というレンズを通じてしか世界と対話できない現状から抜け出し、自らの行動が招く結果に責任を持つということです。多少センセーショナルな表現ですが、誤解を恐れずに拝借すると、江藤淳氏のいう「ごっこの世界」から抜け出るということでしょうか。ただし、復古的な発想に陥らずに。

 このように申し上げると、レッテル張り合戦の中では、「反米」論者とされていまいそうですが、そうではないつもりでおります。多少脱線して、私の米国観、米国人観を申し上げると、まずは当たり前ですが、米国と日本は違う国ですから国益が異なることはあるよね、ということを受け入れること。そのうえで、でも、米国は友人であり同盟国ですから、いろいろ文句も言うけれどここ一番の場面ではお互い支え合うこと。そして、米国の明るさや素朴な力強さを愛し、時折見せる偏狭さを諫め、不勉強に基づくありがちな上から目線は勘弁してくれと言うことでしょうか。

 戦後の日本は、国民に自由と、平和と、豊かさをもたらしました。人類史に残る成果です。ただし、それには米国の提供する秩序という心地よい追い風が吹く中での成果であったことも意識すべきで、運が良かったと感謝もすべきと思います。米国は、核の傘在日米軍を通じて日本に安全保障を提供し、世界最大の自国市場と、国際的な諸制度を通じて世界市場へのアクセスを保障しました。我々の先達はその中でも努力を重ねて格別の成果を積み上げたのですから、バランス感を伴った自信を持つことはいいことです。もちろん、米国の戦後史に暗部があることは誰もが知るところです。それでも、ウクライナグルジアベトナムミャンマーなどソビエトや中国の影響をより直接的に受けた諸国がいまなお受け入れざるを得ない不合理と比するならば、米国の提供した秩序はフェアでした。そこにあっては、保守もリベラルもお互いへの不満をぶつけ、米国に不満をぶつけることが許されました。

 戦後の日本外交は、米国の要求に従ってきたばかりではもちろんありません。特に、米国人から見れば、国内事情に則った特殊性の説明や、熱のこもっていない賛成や、消極的な抵抗など、外交の秘儀を洗練させてきました。米国の意に100%沿うわけではないとわかっていて、それでもやったこともいくつかあります。72年の日中国交正常化や、石油ショックの際の対応、98年のアジア通貨危機への対応は、そのような例でしょう。それぞれが日本の国益のために行われた戦後外交の金字塔ですが、結果として米国の意思に反する部分もあったことから当時の政権や政策担当者は、相応の犠牲も払いました。

 安倍政権のユニークさは、戦後、国民政党化することで盤石の基盤を築いた自民党が、普通の政党化し保守化していく中で登場し、保守の旗をこれまでになく堂々と掲げていることです。確かに、靖国神社への参拝を継続し、米国のイラク戦争を支持し、国内の経済改革を推し進めることで求心力を維持した小泉政権も保守の政権ではありました。安倍政権のユニークさは、しかし、上記に申し上げたような時代認識の中でこそより際立ってきます。

 これまでは、まあ、米国というレンズを通じた保守やリベラルですから、どっちに転んでも大きなけがをすることはありませんでした。その時々で大きな決断をしたように思ったことはあっても、過去70年間、日本外交は大きな意味での路線転換はしていないと言ってもいいかもしれません。その時代時代で日本の国力の増減があり、周辺諸国の環境変化があったので、もちろん外交政策にもそれに対応するイベントはあったのだけれど、日本の意思としてある外交路線から他へと転換したということはなかったのではないでしょうか。だからこそ、総理大臣が大統領とファーストネームで呼び合う仲かどうか、単なる演出の問題が重要テーマとなってしまう。対して、戦前の日本外交は結果の重大性が圧倒的に異なりました。陸奥や幣原など○×外交と冠することができる程度に明確な戦略や路線も存在したのです。日本は、自らの責任で同盟や政策の路線を選択し、自らの判断で外交的な選択肢を狭め、自らの判断が招いた破滅の結果も、自ら負担しました。

 安倍政権の開かれた保守は、再び日本外交がリアルな意味合いを持ちつつある時代に登場したからこそ論争的であり、重要なのです。

 開かれた保守とは、過去に依拠した内向きのイデオロギーとしての保守でなく、未来へと向かう外向きのエネルギーとしての保守でなければならないという信念です。昨今の集団的自衛権論議の帰趨に関わらず、戦後日本が自らに課した安全保障上の制約は国民のコンセンサスであり続けるでしょうから、それは、主に経済分野での開放性を意味します。TPP交渉への参加や、これまでだらだらと続けてきた豪州とのEPAの妥結を見ると、安倍政権にはこのような開放性が見られます。これが、政権の真の政策志向なのか、イデオロギー色の濃い政策を推し進めるための方便なのかは、識者にもいろいろ議論があるところです。安倍政権は、価値観を同じくするということを一つの軸として外交を展開しています。こちらも、政権の真の政策志向なのか、対中国包囲網を築く上での方便なのかはあいまいです。はっきりしていることは、現代という時代にあって開放的な保守の旗を掲げるならば、その開放性にも、保守性にも背骨が入っていなければならないということです。

 保守の方からいきましょう。保守とは、まあいろいろな定義は可能ですが、世の中には守るべき価値があるということであり、それは必ずしも功利主義では説明できないものであるということです。成長、成長と言っている間はとても楽なので、これまでの霞が関自民党主流派のエリート層は経済成長(=功利主義)を前面に出してきました。経済発展を超えた価値の源泉は、通常歴史と文化の中にしか求められないので、日本でもどのような歴史と文化が重要かが大切になります。米国の大統領が自由や平等を語るときには、彼らは自らをワシントンやジェファーソンの系譜に位置付けて語りますので、上から目線ではありますが、力強いわけです。日本の総理が正面切って自由とか平等と言っても、国際的にも国内的にも何となくバタ臭い気がしてしまう。かと言って、90年代にアジアのリーダー達がよく使ったアジア主義というのも、ちょっと時代錯誤で父権的な香りがして共感を呼びません。結局、日本の真・善・美とはなんなのかということなので、民主主義国のリーダーは海外だけでなくそれを国内で語らないといけない。日本が国際的に掲げる自由というのは、国内的にはどのような歴史と、葛藤と、価値観に基づいているのかということについて語らないといけないのです。

 開放性の方も、日本の得になる開放性の主張は、難しい論点ではないので、結局、自己犠牲の話に帰着せざるをえない。日本は国際社会の開放性を担保するために、自由でフェアな投資や貿易の枠組みを作り出すためにどこまで汗をかき、国内の利害を調整する覚悟があるのかということです。それが、戦後の世界に米国が提供したリーダーシップであり、世界で第3位の市場を持つ日本がアジア諸国に提供できる最大の資産です。それは、どんな援助よりも持続可能で、互いの自尊心の重視につながる真の開放性です。

 安倍政権は開放的な保守という路線を目指しているように見えます。言論界や国民が着目すべきは、それが単なる方便ではなく、背骨の入ったものとなっているかということです。もちろん、開放的なリベラルという選択肢もあり得るはずなのですが、リベラルを自任する私でさえ、日本のリベラルはほとんどの場合開放性に関心がない残念な状況にあると認めざるを得ない。ですから、見通せる将来にわたって、開放的な保守の路線は、正しい、現実的な路線であるといえるでしょう。