山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

野党再編(1)

 野党再編は今後数年の日本政治のホットトピックとなるはずです。衆参で自民党が圧倒的な優位にあるからこそ、野党はそこにエネルギーを注がざるをえません。いったん政権交代を経験してしまった以上、かつての社会党のように万年野党であることを受け入れつつ国会対応のさじ加減で存在感をアピールするというやり方には国民も納得しないはずです。

 民主主義は、合法的で時限的な独裁であるという言葉もあるとおり、元来野党がすべきことは政策を磨きこんでマニフェストなり政権公約の体系に練り上げていくことですし、手垢のついていない新しいリーダーを育成することです。このリーダー育成という点は、政界でも年功序列が一般的な日本では見逃されがちですが非常に重要です。日本同様、議院内閣制を採用する英国では90年代の保守党政権終盤には新鮮な労働党の顔としてブレア氏が登場し、その労働党政権終盤には新鮮な保守党の顔としてキャメロン氏が登場して政権交代の原動力になりました。ただ、二大政党制が当たり前とは言い難い日本の政治文化からすると、それだけでは自民党に再政権交代を迫る迫力は出てこないでしょうから、有権者の期待の受け皿としての野党再編が目指されます。日本の政治に、自民党以外に本気で政権交代を目指す勢力が存在し続けるのか、それとも、団体の純粋性や団体内の既得権を優先して自民党から部分的な譲歩を引き出すことを目指す勢力にとどまるのかが要注目です。

 一方の自民党の側も、小選挙区制の定着や、政策や政治資金の媒介者としての派閥の力が弱まったことで党内の集権化が進んでいますので、かつての与党内野党的な勢力も見出しにくい。1955年の保守合同以来、日本政治の根本的な構図が自民党内の擬似政権交代でしたので、ひょっとするとこちらの方が野党の状況よりも重要な変化かもしれません。権力にはチェック・アンド・バランスが必要ですから、要は、今後数年を見据えて政権に緊張感を与え得る勢力が与野党のどこから出てくるのかが重要です。

 日本に安定的な二大政党制が確立していたのは大正デモクラシーの時期の政友会と民政党の時代です。権力の中枢たる藩閥との距離感や地域的な偏りなど細かいことはありますが、すごく乱暴に言うとこの二大勢力は、それぞれ「統治利権」と「経済利権」を代表しており、今の言葉でいうと双方ともに保守です。だからこそ、双方が全国的に支持を広げることができたのです。ここで言う「利権」とは、代表される利益や権力基盤という意味です。

 これは、地方の実態に対する生の感覚をお持ちの方々には当たり前だと思うのですが、日本の地方ではいわゆる名士、名望家によるリーダーシップが現在に至るまで非常に重要です。地方の首長、地方議会の議員は当たり前ですが、地域の有力者です。この層の大半は経済的、文化的な背景から本質的に保守的傾向があります。故に、地方の有力者を取り込んだ組織を有する全国政党となるためには、保守である以外にリアリティーがないということです。もちろん、例えば、大きな工場が集中して立地され、組織労働者の割合が大きくなった地域(例えば中部地域)では労働界に近い層が力を持つこともありますし、経済的に貧しい階層が集中する場合には左派的な政党が支持を集めやすいという傾向はあるでしょう。しかし、これはあくまで例外です。

 日本という国には、たいへん幸福なことですが、国民の間に深刻なクリービッジ(=分断)が存在しません。これは、明治以来の中央集権化の大きな貢献です。二大政党制を安定的に機能させている国にはこの分断があります。英国にとっては、階級ですし、米国では人種を中心とする国家像の違いです。そして、この分断が地域的にある程度固定化してしまっています。英国では労働党支持は圧倒的に北部によっていますし、米国で共和党支持は南部と中西部によっている。アジアの民主主義国の韓国や台湾にも個別の事情に基づく地域分断の傾向があります。日本には、これがありません。地方は全部保守で、全部自民です。

 戦後の自民党にもいわゆる官僚派と党人派がいましたが、1955年の保守合同以後、自民党は統治利権と経済利権の双方を絶対に手放しませんでした。それが、現在まで続く一党優位体制の本質です。自民党の二大人材供給源は、中央官僚と地方議員です。前者が統治利権を代表しており、後者は多くの場合地元名望家の経済利権を代表していますが、自民党はこれまで両者を絶妙にバランスさせてきました。戦後初期は、官僚派優位で展開し、吉田、池田、岸、佐藤、大平、福田の歴代総理は皆官僚出身です。80年代後半以後は、官僚が特権階級だった時代のリーダーが徐々に引退していきます。中曽根元総理は、内務官僚出身ですが、どちらかというと群馬の地方名望家を代表していると考えるべきかもしれません。この系譜の最後にちょっと遅れてきた感じで登場した宮沢元総理で、これが自民党の最初の下野のタイミングと重なっています。自民党が党人派と経済利権に傾いていったのも、実は単純な話で、官僚出身の政治家の二世/三世化が進んだことです。小渕、森、小泉の各総理が生粋の党人派であるのに対して、安倍、福田(康)、麻生の各総理は官僚を祖に持つ政治家一家の出身ですが、本人は十分に党人です。

 自民党内において党人優位が固まってくる中で、自民党は絶妙な政治的展開を成功させます。官僚機構そのものを「敵」に見立てて、統治利権を攻撃するという手法です。小泉政権は特にその傾向が強く、政権の求心力を維持しました。小泉元総理が在任中、インタビューで、「行政にはしっかりしてもらわないと困る」というのを何度か聞いた記憶がありますが、これは、知識人が、総理大臣は行政のトップだろ!とどれだけ主張したところで、政治的には天才的な演出と言わざるを得ません。そして、統治利権との「政争」に弱腰となった後継の内閣は求心力を失い、民主党が統治利権と戦う姿勢を鮮明にしたことで本格的な政権交代が実現します。

 民主党が失敗した理由は様々に分析されており、大変興味深いテーマなのですが、私は、大きく二つあると思っています。一つ目は、経験不足から統治利権との闘いで空回りしてしまったこと。民主党が掲げた「政治主導」や、「仕分け」をめぐるつまずきがこれにあたります。二つ目は、そもそも、地方に根付いたしっかりとした経済利権=(全国規模の保守系の地方組織)を築き上げることができなかったことです。民主党も、自民党出身の有力議員がいた地域(例えば、岩手、三重、長野等)には、この種の組織を持っていたのですが、それ以外の地域には築き上げることができませんでした。左派系議員の地元組織は、地元の保守エスタブリッシュメントとは肌合いの違う人々中心に形成され、広がりを欠いた。メディアへの露出と政治的な風を頼りに、都市部から当選した議員達はそもそも強力な組織を築けずに終わってしまう。独特のマキャベリズムで過去20年の日本政治の中心であり続けた小沢一郎氏の地方組織重視、ドブ板重視は、経済利権を代表する組織を地方に作ることの重要性を示しており、この失敗が民主党の失敗につながったのではないでしょうか。

 日本政治の今後の展開は、全国を網羅する保守系二大政党制が確立するか、一党優位の自民党から部分的譲歩を引き出す政党群が存在し続けるかという岐路に立っています。このように申し上げると、リベラルを自認する方々からお叱りを受けそうなのですが、ことはそんなに単純ではありません。なぜなら、戦後リベラリズムの担い手は、実は、統治利権の側から出ているからです。

 次回は、この点を掘り下げてお話します。

 

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