山猫日記

三浦瑠麗 山猫総研

大阪W選挙の結果を受けて

ポピュリズムの勝利

大阪の府知事選、市長選は、おおさか維新の会の二候補の圧勝でした。多くのメディアが強調した低投票率の下での圧勝ですから、大阪維新の会に対する根強い支持があると解釈すべきでしょう。維新からすれば、5月の住民投票に敗れ、創業者の橋下氏が出馬しない中での選挙戦でした。直前には、「維新の党」残存組との泥沼の分裂騒動を起こしており、日本政治の常識からすれば勝利のシナリオは考えにくいはずでした。事前の報道を詳しく追っていなかった方にとっては意外な結果だったかもしれません。

住民投票の僅差での否決から、今回のW選挙勝利まで党勢を盛り返した維新政治の強さの源泉は何だったのか。8年前に橋下氏を大阪府知事に押し上げた反エリート主義や反官僚主義なのか、これまで進めてきた反既得権の改革の成果なのか、日本では珍しく自助・自立の発想に則った地方自治の発想なのか。ピンポイントに特定することは難しいですが、政策としてはそのあたりなのでしょう。

他方で、維新への評価には個別の政策を離れた社会文化的なものがあるように思います。それはトップダウンの意思決定スタイルであり、議論を尽くしたならば決をとるという原則主義です。個別の既得権集団に事実上の拒否権を認め、強い反対が存在する限りは現状維持がまかり通ってしまう、「ムラ社会」への不満です。何より、日本社会に充満する閉塞感に対して、橋下氏という強い個性が発する破壊のエネルギーだろうと思います。

維新政治の本質を掘り下げていくことは、今後の日本政治を占う上でも意義深いことであろうと思いますが、今般の選挙結果ということに引き付ければ、ポピュリズムの勝利ということだろうと思います。都構想をめぐる住民投票で前面に出された統治機構改革の原則論や、詳細な行政的論点ではなく、維新が設定した強烈なメッセージ=ポリティクスが奏功したのです。

それは、改革を前に進めるか元に戻すのかであり、かつての大阪市政に戻していいのかということであり、都構想にもう一度挑戦するか否かということでした。今回は、論点の単純化し、怒りや恐怖を刺激し、有権者に分かりやすい二択を迫る手法が採用されたようです。5月の住民投票の敗因をしっかりと分析した上で、W選挙に臨んだことが窺える戦い方でした。勢力が拮抗している者同士の戦いにおいては、戦場を決めた方が勝つものです。政治家の最大の権力は、問われるべき問いを設定することであり、維新の勝利はそうしたアジェンダ・セッティングの勝利でした。

残された橋下カード

対して、大阪自民の戦いぶりはあまりにひどいものでした。実際に立候補したお二人は、火中の栗を拾った面がありますから気の毒な面もあるのでしょうが、日本第二の都市のトップにもってくるにはあからさまに力不足でした。自民党の党本部も応援に力が入っていたとは言い難く、孤独な闘いを強いられました。国政では連立相手の公明党も早々と自主投票を決めてしまいます。

それもこれも身から出た錆ではあります。5月の都構想の住民投票に勝利した後に、多少でも統治能力を発揮できていれば結果は違っていたことでしょう。大阪自民が都構想の代替案として提起した大阪会議は悲惨の一言でした。半年で開催は3回のみで、実質的な議題にも入れませんでした。出口調査の結果からは、より接戦であった大阪市長選においても自民支持層の3割、無党派層の6割が維新候補に投票したと答えています。

大阪市民の多くは、都構想を否決した結果として維新がなくなり、橋下氏が政界を去ることを懸念したのではないでしょうか。今後改めて提示される具体的な都構想を支持するかどうかは別にして、維新が存在しなかったかつての大阪に戻るのは嫌だと。粗削りな手法、品のなさに眉を顰めることはあっても、橋下徹という政治家をここで失ってしまうのはもったいないと。大阪府市の住民は橋下カードを残しておきたかったということでしょう。

実は、安倍政権の中枢にも似たような気運があります。安倍総理や菅官房長官には今後の政権運営のためにも橋下カードを残しておきたいという誘因があります。そのカードは、安保法制のような重要法案を通す際にも、参議院選挙を戦う際にも、安倍政権の大きな政治目標である憲法改正を発議する上でも重要になってきます。それが実際に使えて、効果を発揮するカードであるかどうかは別として、オプションとして取っておきたいのでしょう。

他の野党にも橋下カードへの未練があります。維新の党が分裂してしまった今となってはなかなか想像しにくくなりましたが、民主党からの分裂が噂される細野氏や前原氏のグループも橋下氏を強く意識しているように見受けられます。

大阪維新の会は、W選挙を通じて大阪府市の首長の座を維持しながら、看板である橋下氏にフリーハンドを与えることに成功しました。都構想の住民投票で敗北しながら、局面を打開する結果を勝ちとったわけです。

改革と憲法改正参議院選挙

今回のW選挙の結果を受け、おおさか維新の会は来年の参議院選挙へと向けて日本政治の台風の目となることでしょう。展開によっては、参議院選挙後の安倍政権の残り任期のあり方を左右するでしょうし、日本の保守勢力が最大の政治目標とする憲法改正の成否にもかかわってきます。

大阪市政の日常から離れた橋下氏は、組織づくりや政策づくりに今以上に力を発揮できます。参議院選挙に向けたおおさか維新の会の候補者擁立や組織づくりは特に重要です。かつて、維新塾への参加者や既存政党から募った候補者は、よく言っても玉石混交でした。雑多な人材が集まってくることは国民にとっても政党にとっても不幸なことです。今後は、既得権益にひるまない改革姿勢、自助自立の地方自治、代議士としての選挙の強さなどを軸に慎重に候補者調整を進めるのではないでしょうか。

優先順位は参議院に16ある複数区*です。そこで自民党の候補に勝つ必要は必ずしもなく、多くは民主党の候補に勝てばいいわけです。比例と合わせて20議席以上取れれば大きな存在感を持つでしょう。

政策づくりの方は、憲法改正をどのように位置づけるかがポイントとなるでしょう。私は、おおさか維新の会版の憲法改正案を作るのではないかと予想しています。あまり総花的なものとせずに、統治機構改革など維新運動にとっての重要な条文を中心としたものになるのではないでしょうか。安倍政権の周辺に存在する保守勢力にとって最大の政治目標は憲法改正ですから、そこと絡めることで維新には相当の交渉力が生じるからです。

自民党が政権に復帰して以後の日本政治は、自民一強、官邸一強が特徴です。そんな中、安倍政権の基本戦略は経済運営で得点を稼いで、難しい政治課題に挑戦する余地を作るというものです。経済運営というより景気そのものに働きかけるという方がいいかもしれません。安倍政権にとっては、第一次政権で話題になった「戦後レジームからの脱却」が最も重要であり、その実現に貢献するからこそアベノミクスが重要なのであると。

それは、多少戯画化されてはいるかもしれないけれど政権の本音だろうと思います。極論をすれば、憲法改正のためのアベノミクスがあるのだという発想です。安保法制で政治的資源を使ったから参議院選挙までは経済に集中するというのは、この理屈を逆から表現したものということになります。

維新が進めたい諸改革は、そこにこそ勝機があります。保守勢力の念願である憲法改正を梃として経済改革を進めるという発想への転換です。維新運動が秘めている最大の可能性は、憲法改正のために経済改革が必要なのではなく、経済改革のために憲法改正が必要だという方向に日本政治を持っていくかもしれないということなのです。

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