山猫日記

国際政治学者、三浦瑠麗のブログです

環境問題を”sexy”にしようとする場合、何が必要なのか

続・小泉大臣の発言

国連総会での小泉進次郎環境大臣の発言や、環境問題を訴えるグレタさんの演説が話題となりました。本日は、環境問題をめぐる論点の解説とともに2030年以降のエネルギー政策の方向性について考えてみたいと思います。

前回取り上げた福島第一原発の処理水の問題に続いて、今週話題となったのが、小泉大臣が環境問題について「Sexy」という言葉を使った件です。正直、この種の問題を解説する必要については若干暗澹たる思いもあります。小泉氏自身が振り返るように、いちいち説明するのも「ヤボ」な気もするので。まあ、同問題を一つのきっかけとして得るものがあれかな、くらいの気持ちです。

まず、発言の直接的な文脈について考えてみましょう。同氏の発言は、気候変動問題の第一人者であるコスタリカのクリスティアーナ・フィゲレスさんと隣り合わせの会見の中で、彼女の持論である“Make Green Sexy”をもじった発言でした。環境問題の解決に向けて次世代を動員する必要があるという文脈においてなされた発言なので、環境保護を「かっこいい」(≒Cool)分野にする、あるいは「イケてる」(≒Sexy)分野にする、くらいの意味であろうと思われます。

そもそもの報道時点では”sexy”というのが性的な魅力という意味であると勘違いしてしまったコメントも日本では相次ぎました。勘違いしなかった人の中でも批判が高まっています。ネットを中心に「大臣の発言として不適切だ」、「最近では使ってはいけない言葉だ」として、「英語警察」をするのも結構ですが、第一人者の持論を受けての発言ですから、この表現自体は当意即妙の範囲内と思います。

そもそも、環境問題を部分的にせよ"sexy”にした立役者は誰だったでしょう。それは専門家ではなく、環境問題に力を入れたゴア副大統領であり、成長戦略と環境政策を結び付けようとしたオバマ大統領でした。オバマ大統領は、実際にvoxの長時間インタビューの中で国内政策について語るくだりで、次のような発言をしています。少し長いですが、英語の原文を引用しましょう。

 

Matthew Yglesias

Do you think the media sometimes overstates the level of alarm people should have about terrorism and this kind of chaos, as opposed to a longer-term problem of climate change and epidemic disease?

Barack Obama

Absolutely. And I don't blame the media for that. What's the famous saying about local newscasts, right? If it bleeds, it leads, right? You show crime stories and you show fires, because that's what folks watch, and it's all about ratings. And, you know, the problems of terrorism and dysfunction and chaos, along with plane crashes and a few other things, that's the equivalent when it comes to covering international affairs. There's just not going to be a lot of interest in a headline story that we have cut infant mortality by really significant amounts over the last 20 years or that extreme poverty has been slashed or that there's been enormous progress with a program we set up when I first came into office to help poor farmers increase productivity and yields. It's not a sexy story. And climate change is one that is happening at such a broad scale and at such a complex system, it's a hard story for the media to tell on a day-to-day basis.

 

これは2015年1月に行われた長尺のインタビューで、聞き手がメディアの姿勢について聞いているくだりです。聞き手は、メディアがテロの脅威や混乱などを過大に報道する一方で長期的なリスクや危険をもたらす気候変動のような物事については無関心に過ぎると思うかどうかと聞いています。オバマ大統領は、それに対してメディアが流血の惨事に「画的に」引きずられて大ニュースにするのは仕方がないが、テロや災害、事件ものに人々が飛びつく一方で、20年間で乳幼児死亡率を劇的に減らしたとか、国際的に貧困に苦しむ層が減ったであるとか、あるいは貧しい農家がもう少し収入を得られるように生産性をあげるための支援を行っただとかいう事柄はあまり関心をもたれない、と話しています。これらはsexyな(注目を惹く)ストーリーではないから、と。そこで、オバマ大統領は彼の大きな関心事である気候変動が、いかにスケールの大きな事象であるかなどに言及し、こういうことこそメディアはハード・ニュースとして日々報じなければいけないのだとしました。

このインタビューに表れているのは、オバマ氏のメッセンジャーとしての卓越した才能です。すでに論点を把握しているインタビュワーに対して、オバマ氏はそれを受け止めつつさらに雄弁に世界観を語っています。こうした政治家の言辞は、仮に政治主導で環境保護が経済的な富を生み出した割合がそこまでなくとも、あるいは気候変動に対する対応がまだ不十分だろうと、人びとの価値観を変えるものだからです。しかし、オバマ氏のあと大統領選に勝利したトランプ氏はパリ協定から離脱してしまいました。オバマ氏の言葉や理念の力をもってしても、なかなか米国を変えることは難しかったのです。しかし、それでもいま民主党は環境問題を大統領選における大きな争点(若者の支持を集めるsexyな問題)としており、オバマ大統領が就任した10年前からは、リベラル陣営でさえ様変わりをしています。

環境問題はグレタさんのように「糾弾調」で「悲観的」な論調が主流を占めてきた世界です。それに対して、極度に楽観的な技術万能論が環境保護論者の懸念を蹴っ飛ばしてきました。温暖化をめぐる「論争」が起こってしまうのも、ここら辺のカルチャーをめぐる対立が背景にあります。つまり、グレタさんのような既視感のある切羽詰まった訴えが動員できる範囲は、元々環境問題に関心のあるリベラルに限られており、環境保護がさらなる広がりを見せるためには、格好よさに関心がある中間層や、経済成長に関心がある保守に対して訴求力がなければならないのです。

さて、そこで小泉氏の発言です。小泉大臣の発言が、これまで10年以上かけて積み上げてきたオバマ大統領らリベラル派のレガシーを引用し、それを引き継ぐものであったことは、環境問題を注視してきた人からすれば自明の理です。しかし、日本ではそうではなかった。日本ではこの言葉の持つ歴史的文脈が理解されなかったのです。

福島原発事故以後、温暖化対策が遅れてしまっている日本の保守系政党の若い次世代スターが、この文脈を汲んだ発言をした。それだけで本来ならニュースです。しかし、小泉大臣は政策の詳細は示せませんでした。それは彼の力不足でもあろうし、前回記事で書いたように、日本政府自体が火力発電から脱却する道を見つけられないでいるからです。それに対する落胆半分、しかし将来の総理候補として政策を転換することに対する期待半分で、あのような報道になったのです。

小泉氏の発言が注目されるのは、国民人気の観点から総理候補と見做されているからでもあるし、反感を覚える人びとからすれば叩きたいということだろうと思います。別にそれが悪いわけではありません。同氏の人気は期待先行の部分があったことは否めないでしょうし、民主国家において閣僚となったわけですから、人よりも注目され、人よりも叩かれるのはしょうがないことです。むしろ私がやれやれと感じるのは、日本における議論のレベルの低さです。小泉氏に対して、石炭火力をはじめとする火力発電について削減するための具体策がないことを攻めるのはアリと思います。同問題は環境大臣の直接の所掌ではないにしても、国民の期待を集めるリーダーですから、難しい問題について絶えず意見を求められるのはフェアプレーの範囲内です。ただ、日本自体が火力発電をどうすべきかについて答えを持っていないということも意識されるべきでしょう。

問題解決の範囲

前回記事でも取り上げたように、現政府のエネルギー政策の骨格であるエネルギー基本契約においては、2030年の電源構成は再エネ22%、原子力20%、化石燃料58%です。そして、化石燃料分の58%の効率を高めていく一貫として大型の石炭火力発電所の新設も計画されています。そもそも、日本の石炭火力は超臨界と言われる高効率のもので、諸外国の石炭火力と同一視されるのは電力会社も日本の重電会社も心外でしょう。そのあたりの細かい点は理解されずに、欧米には石炭=悪の構図があります。むしろ、日本の環境大臣としては、日本の高効率の火力発電所と一般的な旧型の石炭火力を区別するスポークスマンとなる必要があったのかもしれません。

環境問題には、おのずと問題解決の範囲というべきものがあります。日本国内の議論だけを見ていると、この範囲をしばしば見失ってしまいがちです。本当は、2030年以降のエネルギー基本計画を更新するための答えはほぼほぼ見えています。

まず、再生可能エネルギーを飛躍的に伸ばすこと。原発は、先週議論したように日本初の経済危機のトリガーを引かないために名目として掲げておくものの、実質的に撤廃させる方向に移行すること。そして、化石燃料は効率化のための投資を行い、なるべく天然ガス等へシフトすることで炭素排出削減と輸入地の多角化を図ること。

難しいのは、再エネの普及にむけてどこまで覚悟を決めるかでしょう。ちなみに、ドイツは2050年の再エネの普及目標を50%としました。英国は2050年の炭素排出をゼロにするとしています。米国で最大の経済規模をほこるカリフォルニア州も2040年までに炭素排出をゼロにする目標です。結論めいたことを言うと、先進各国と平仄をあわせるには2040年~50年にかけて電源構成にしめる再エネの比率を5割前後まで引き上げるのが解なのです。そろそろ、日本における議論も神学論争のステージを卒業して、そのためにどんな手を打つべきかというステージに移行すべきなのです。

 再エネ普及のための打ち手

再エネを普及させる大きな障壁となっていることは大きく2つです。第一は、自然が相手の電源であるが故に安定しないこと。第二は、技術の普及とコストとのバランスをとることです。ただ、諸外国の例を参考にすれば、それぞれの問題に対する答えも概ね出揃っているのです。

電源として安定しないことに対する解は、蓄電池の普及を促進すること、電力網のスマート化を進めることです。蓄電池については、電力網全体として蓄電池を整備することと、発電所とセットで蓄電池を整備することの両方があります。前者のうち、もっとも効率が良いのは揚水発電です。昼間、太陽光発電が発電している間にポンプを動かし水力発電所に水をくみ上げておいて、発電量が下がったときに水を流して発電するわけです。揚水発電は、地理的な限界があって一定以上は増やせないという限界はありますが、最も効率的でクリーンな蓄電方法です。もちろん、グリッド側に蓄電池の配置することで電力需給の波を調整したり、夜間の電力を賄うことも必要です。

個別の発電所(供給側)や、企業や家庭(需要側)が蓄電池を配置することも可能です。発電所については、いったん蓄電池に貯めた電気を売る場合には買取価格を高くすれば電池の普及にも役立ちます。蓄電池の価格帯も相当程度低下してきており、20円台半ばの販売価格であれば採算が合うと言われています。石油による発電は約30円、天然ガスが10円前後ですから、数年以内には競争力のある水準まで下がってくると予想されています。需要家の側が、(より安価な)夜間電力で蓄電し、昼間電気を使うというあり方ももちろん可能でしょう。

むしろ、グリッドのスマート化の一番のメリットは、電気の需要側と供給側の境目をあいまいにすることです。企業や家庭などの一般的な需要家も蓄電地をかませることによって時には供給側となるからです。「大型発電所から電気を一方的に送る」のではなく、「グリッド上で分散された電源と蓄電地を通じて電力を売ったり買ったりする」という方向に移行するのです。日本において重要なのは、災害にもより強靭性を発揮できるようになるというメリットもあることです。千葉で発生したような停電問題も、電源と蓄電が分散的に配置されていれば部分的には防げたはずなのです。

電力網の制御や電力料金の管理をするための技術が、スマートグリッドの技術です。次世代の経済は、ロボットにしても、AIにしても、エネルギーという観点からは電気を主軸とすることは間違いありません。その意味でも、次代の経済の根本の絵姿を担う技術と言っていいでしょう。

国民負担とのバランス

国民負担とのバランスということで言っても、発想の転換が必要となるでしょう。現在、日本国内で再エネの普及を阻害している最大の要因は、実は、電力政策の外側に存在しており、経済産業省の所掌外の問題です。一つは、農林水産省が所掌する農地法の問題。もう一つは環境省が所掌する環境アセスメント法の運用をめぐる問題です。

再生可能エネルギー電源を普及させていく上での最大のコスト項目は、実は太陽光パネルでもなく、風車でもありません。土地です。そして、山がちの国土を有する日本で安価な土地を入手しようとするとおのずと山地ということになりますが、それでは発電所を整備するためのコストが高くなってしまいます。そこで、再エネの普及のためには休耕地を活用するのが最も効率的なのですが、農地法がここにブレーキをかけているのです。(仮に休耕地であったとしても)農地を守ることを基本とする規制のせいで、最終的には開発は可能にしてもコストが高くついてしまうのです。

時には、環境省が障壁となる場合もあります。真に環境を守る必要がある場合には、環境省は大いに活躍すべきです。白神山地熊野古道などの自然や文化の観点から守られるべきエリアに発電所が作られるべきとは思いません。ただ、例えば開発済みのゴルフ場を太陽光発電所に転用する際に、改めて環境アセスメントが必要なのかについては疑問が残ります。バブル時代に乱造され、ゴルフ人口の減少とともに存続できなくなったゴルフ場跡地の有効活用を杓子定規の環境規制で潰してしまうのはいかにももったいない。エネルギー政策という観点から、再エネを普及させるためのコストを下げることは重要です。にもかかわらず、一生懸命旗を振っている経産省のヨコで他の役所が邪魔をしている構造があるのです。古くて新しい、縦割り行政の問題も政治がリーダーシップを発揮すべき場面です。

もう一点、国民負担を軽減するためのアイデアは、国民が再エネに関するコストを負担すると同時に、その受益者にもなるという方向ではないかと思っています。具体的には何兆円単位で積みあがってきた再エネ資産に、年金基金や生命保険会社などの長期の投資家が積極的に投資するインセンティブを設けるのです。国民が支払った再エネ賦課金は、金融業界の媒介を通じて、年金の利回りとして、あるいは、保険の利率として国民に還元されるわけです。利回りがあやふやな株投資や、中東の産油国にせっせと燃料費を貢ぐよりは国民の財産の投資先として有効なのではないかと思います。

最後に、再生可能エネルギーは、日本において特に重要な地方創生への貢献という側面があることです。残念ながら、日本の少子高齢化はこれからもっと進みます。地方においては、産業基盤を維持することが困難になる場所も出てくるでしょう。原点に立ち返るとき、地方がもっとも比較優位を持っているのは、土地を必要とする食料生産とエネルギー生産です。すべての地方に工場を誘致し、商業施設を誘致することは不可能です。地方の中核都市はコンパクト化する方向で整備しつつ、食料(農林水産業)生産とエネルギー生産の基地として整備するという国家ビジョンがあるべきと思っています。

以上に申し上げたことを実現するためには、民間から積極的な投資が行われることが必須です。そして、そのためには日本の産業界がグローバルに十分な競争力を持つことが前提となります。21世紀においては、環境政策は産業政策なのですから。

エネルギーの問題の解決は、次代を担うリーダーが取り組むに値する課題であると申し上げました。そのためには、各省の利害を調整し、閣内や党内に協力者を得る必要があります。産業界や金融界に呼び水となるインセンティブを提供するとともに、有形無形の応援をする必要があります。制度の細かい設計は官僚機構や民間の専門家の支援を得るにしても、大きな方向性の提示は政治家にしかできません。

*9月25日付公式メールマガジン三浦瑠麗の「自分で考えるための政治の話」から抜粋編集しました。

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